幕張10年20100603

カメラとマイクを持って幕張の海辺を歩いた。波に揺られる海藻やクラゲなどを映像に撮りながら、ここには九年前と十年前にも来たことがある、と思い出していた。九年前といえば高校生だった自分がいろいろとわからなくなり、このサイトを立ち上げて、あちこちをほっつき歩いていた頃だけど、当時はカメラなんて写ルンですくらいしか持っていなかった。記録する方法がないかわりに、白い貝殻を拾い集めて、持ち帰り、家族に渡した記憶がある。その貝殻さえ残されていないのだから、単なる記憶に過ぎないけれど、映像化のできない曖昧な記憶であることに不満は持っていない。振り返ろうと思えば、こうして文章に書き表せる。それ以上に残そうとすれば多分、過剰になる。
十年前の冬には、滑り止めの高校受験のために海浜幕張へ来ていた。武蔵浦和からは電車を乗り継いで二時間ほど掛かったけれど、車窓からの風景は、うっとりするほど素晴らしかった。越谷から三郷にかけては起伏のない土地が果てのないように広がっていたし、京葉線に入れば波の立たない平滑な水面の東京湾が見えた。灰色の海を背景にして南船橋には屋内スキー場のザウスがあった。そのザウスが面影もなく撤去された土地に、家具屋のイケアが出店して賑わいを見せているくらいには、十年というのは短いようで長い月日だった。たとえば、バブル崩壊後の十年間を「失われた十年」などというように、自分にとって直近の十年間にやはり失われたものが数多くあって、けれども、俺自身はそんなに悲観的でもないというか、終わりと始まりを目の当たりにしているような気がする。
過渡期という言葉が、昔から割りと好きで、自分でも使ってみたいと思いつつ、その言葉を使う機会はないのだけど、敢えて言うとすれば、安定した局面なんて少しもないのだから全ての時代が過渡期じゃないかと考えている。初めから期間限定で開業したザウスが撤去されたように、その跡地に建てられたイケアでさえも後世には残らない、と思った。時には一般客の人々に交じって家具を品定めしたりフードコートで飯を食うような享楽的なときがあるとして、それでも京葉線のホームから冷んやりとした視線で見ている時間のほうが長いというか、そういう時間が欲しいと思っている。前回の記事で書いたような、このあたりの土地だって潮が上げてくれば沈む、とか、そもそも幕張は埋立地じゃないかと考えながら、過渡期にある土地を歩いた。
京葉線の海浜幕張から、総武線の幕張まで歩いた。十年前の幕張駅前には、小鳥を売る店があったように記憶していたけれど、周辺を歩きまわって探しても見つからなかった。どこか似たような海沿いの町で見たものを幕張と混同したのか、あるいはただ店仕舞いしたのかは判らない。
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完璧な一日20100623

昼過ぎから三脚とカメラを担いで、埼玉県新座市の妙音沢へ出掛けた。崖沿いの雑木林に、目立たないが、水の豊富に涌き出る場所があり、悪く言えば陰気でじめじめしているけれど、良く言えば涼しげな空間ではある。涌き出る水にマイクを近づけて、音を拾った。制服姿の中学生たちが水に足を浸して「昨日より冷たい」と叫んだのを聞き、自分も水に手を浸してみたけれど、前日は会社で働いていたから比較はできない。いつごろ降った雨が涌き出ているのかと考える。富士山麓の忍野八海では数十年前の水が涌いているが、妙音沢なら数ヶ月くらいか。




黒目川の護岸にヘビを見つけたので自転車を降り、水辺に向かって進んでいくヘビを追いかけた。世間ではあまりよく思われていない印象のあるヘビだが、意外と円らな眼をしていて可愛らしかった。中平卓馬の写真集 原点復帰―横浜 に、やはり水辺のアオダイショウを撮ったものがあり、身を乗り出して撮影する中平の姿を、いつか下北沢の映画館で見たことがある。彼はたしか帽子を被っていたっけ。夏が来るまでに俺も帽子を買わなきゃいけない。農作業用の、麦わらなど。
川沿いの低地から台地へ上がる坂道を歩いていると、道路の横断を試みるニワトリに出会った。行き交っていた車を止めて無事に渡り、歩道との境目、高くなったところを歩く姿は、堂々としていて見習いたいとさえ思う。ニワトリって姿勢がいいよなあ。
一年余り勤めている会社を来月で辞めることが決まった。それなりに素晴らしい日々ではあったけれど、一年間を振り返って「成長した」と思うより、一日を振り返って「充実していた」と思えるような時間の使い方をしたかった。多分、またどこかで接客業などをしながら、野良猫や昆虫や草花などを追いかける日々に戻る。昨日は久しぶりにその充実した感覚を思い出していた。日記の題名は、ハイロウズ 完璧な一日 から借りた。
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