雨20090422
雨が降ると思い出すのは、那覇の安宿に引き籠もっていたときのこと。
二段ベッドの上段を一泊千円で借りてカーテンを閉め切り、サーターアンダギーなどを頬張りながら寝転がっていた。隣室には四十代と思われるおっさんが個室に長期滞在、というより住み着いていて、この人もまたテレビを見たり部屋に引き籠もったり、時々は共用の台所に立って料理など作ったりしながら、ほとんど宿のなかで過ごしていた。何をして生計を立てているのか判らない。なぜここに暮らしているのかを訊ねたいと思ったが、話しかけることさえできずに、目が合えば会釈する程度だった。
その宿に着くまではテント暮らしを長く続けていた僕は、台風が過ぎ去っても尚、宿を離れることができずに、一日中ベッドで眠り続けていた。近所のスーパーで大きなキャベツを買い、大雑把に刻んで炒め、ラーメンにのせて食らうような適当な食生活だった。面倒なときは食事さえ作らずに眠って遣り過ごしていた。そんな様子を見かねたのか、何らかの親近感によるのか、おっさんが、これ食べていいよ、と何かを差し出したのだった。
トウガン(冬瓜)と島豆腐を一緒に煮込んだ料理。体にいいから食え、鍋に入ってるの全部やるから、といって笑顔になる。おっさんが笑うところを初めて見たと思った。浅黒い肌に、少々落ち窪んだ目、そんな彼の風貌に対して、正直なところ畏怖を感じていた。人を見た目で判断してはいけないと反省し、丼に盛られた料理を受け取る。見たことのない瓶入りの調味料も渡された。島唐辛子を泡盛で一年くらい漬け込んだもので、コーレーグス(高麗辛子)っていうんだ、これも俺が作った、調理師をやってたからねという。堰を切ったように饒舌となり、陽気に話しているおっさんの顔を、見つめた。
コップに注がれた泡盛を呑みながら話を聴いた。この宿には長いこと暮らしてる、時々、そこの港に働きに行くんだ、荷揚げの仕事をやってる、ちょっときついけどね、という。結婚していたけれど別れた、子どもはもう五年生になるのかな、娘でね、かわいいんだ、でも会えなくて、寂しいなあ、どのくらい会ってないのかな。沖縄本島に俺は生まれて、まだ島の外には出たことがない、けど、暖かいところが好きだからね、出たくはないんだ、ここでずっと暮らしていたい、島の食べ物はおいしいからね、何でも。ところで君の名前はなんていうの? ユウキっていうのか。じゃあユウキ、君は……
あとの会話は、僕がひどく酩酊してしまい、記憶に残っていない。無理しなくていいから、もう休めといわれたことは覚えている。結局、宿には一週間ほど滞在してから、おっさんに別れの挨拶をして、僕は旅行を再開させた。
今になって考えるのは、おっさんが、何を思って安宿で暮らしていたのか、または「何のために」ということだ。この人の生涯のなかで、不運とか不幸と呼べそうなものは、おおかた出尽くしていて、あとは何も起こらないだろ、というか起こらないでほしい、けど、逆に、これからどんな良いことがあるのよ、何が変化してくんだ、と思った。
生きていると困難にぶつかる。半分は偶然だ。しかし、その偶然が、げ、それはないでしょっていうくらい悲惨なことがあるのが、人生の不可解の一つだ。ここから得られる一般論は、人生というのは大方運命だな、と。死んだ人は帰らない。失われた愛は戻らない。がっつんと不運に会ったら人生は終わるまでの不良債権処理みたいなもん。で、あと半分だが。
あなたは自分の人生の経営者ではありません。子供たちもいずれ自分の人生の荒波に消えていきます。 - finalventの日記
finalventさんの過去に何があったのかは知らない。一般論としては、不良債権処理つうか、消化試合みたいな人生はあるだろうなと思った。それはもうポジティブとか頑張れとかいっても意味を為さないことで、ただ、生きてさえいれば日々「消化」はされているから、それでいいじゃんか、あとは目指したいものとか、成功とかは割とどうでもいい、と思う。河島英五の「生きてりゃいいさ」とはまた少し違うような。でも、だいたい合ってる。生きてりゃいいよ。
那覇の安宿で、おっさんが、何のために生きているのかといえば、それは良くも悪くも消化試合でしかないと思った。ただ、その日々の繰り返しのなかで何か消化されていく感覚というのが、そう悪いものではないというか、もともと人生なんて大した意味があるものではないから、構わないんじゃないか。年を重ねていって、ああ、遠くまで来たな、という感触を、僕はまだ得ていないから、それまで待ってみたい、などと考えたり。
ユウキは何がしたいの、と、あのとき訊かれたような気はするけれど、それに答えるのは難しいなと思う。そんなん子どものころから繰り返されていた問いで、たとえば職業の話でいうなら気象予報士になりたいとか、新聞記者とか答えていて、そのために勉強したり東京大学へ入る目標を掲げてみたり、あるとき困難にぶつかって、あとはよくわからない方向にということが一応あって、でも、そこから現在に至るまでの脱線が、自分では失敗とは思わない、つうか、失敗かもしれないけど、なりたいものになったり、したいことをする、という実現のかたちが、べつに幸福とか成功ではないなと思う。
したいこと、といえば、そんなこと、おっさんにはあるのか、と訊いてみたいけど訊けるはずもなく、娘さんに再会できればいいなと願うくらいだ。僕がこれから何をしたいのかといえば、多分、こうやって自分以外の他人に出会い続けること、それだけでいいな、あとは特にない。
雨に降りこめられて部屋でぼんやり過ごしている時間が、過去の記憶を引き摺り出してきて、それが雨音に曝されて打ち消されるような感覚を持つ。部屋から出ないことと沖縄本島から出ないことは大して差がない。部屋で眠りこけている、おっさんの過去が雨音に曝され、溶けて流れるような光景を思い浮かべて、自分もまた蒲団に寝転がり、生きることはなんだか自閉的なのか、そうでないのか判らないところがあるな、と考える。他の生き方を選び取ろうとせずに、狭い場所で生きることは、自閉、または自衛のようなものだろうか。
私の不思議な友人たちは,誰もが意図して世界を狭くしようとする。彼らが,ニヒリズムを生きる単純な「終わりの人たち」であるとは思わない。彼らは,もともと在るべくしてそこに在ったのに,シリーズの古本みたいに遠く別れてしまわねばならないという絶望や結ぼれに,抵抗しようとしているだけだ。拡散してこぼれ落ちてしまう希望は,狭められた世界でこそ護られる。彼らは,けして何かを「放棄」した人びとではない。皆,不幸を生きねばならなくなった人たちである。
沖縄本島だけが自分の知っている世界である、おっさんは、本島の外にも世界が広がっていることを知っており、外側の世界から訪れる人々に話しかけていた。島豆腐と島唐辛子だけでは生きていけない。狭められた場所にあって、消化すべき過去にも目を向けつつ、それが味気無いものではなく、新たに手に入る調味料のようなものによって変化は付けられると考えられたなら、まだ終わりは来ない。
雨が降ると無限に書き続けられるような気がしてくるなー。眠いので終わり。明日の朝食用に、飯は炊いてある。それだけでは味気ないから何かを探すとして、部屋の中、冷蔵庫の中に見つからなければ、外へ買いに出るか。何の話だっけ。
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