むいみ20090406

日記のタイトルに訳もなく二文字の熟語を使い続けていたけれど一向に行き詰まる気配がないので諦めた。JIS第二水準の漢字に限ったとしても四千万通りくらい考えられる。今日からは三文字の平仮名を組み合わせてみよう、「あ」から「ん」までは四十八文字だから 48^3 = 110,592 通りか、と職場に向かいながら暗算していたくらいには計算が得意で、けれども濁音と半濁音と拗音と促音まで含めたときに 77^3 = ??? と混乱するくらいには計算が苦手だ。
漢字、数字、名前、あらゆることに意味がないと思った。意味のないことに意味がある、と思うことで少しは気が楽になるかといえばまあ少しも楽にはならないのだけど、たとえば十一万通りの題名を考えたとして、その大半は意味を成さない、まったくの出鱈目になるはずで、ことり、りくつ、つみき、きかい、いろは、はまち、ちかん、などのような意味のある言葉が生まれることは奇跡に近い。偶然に得られる、そういったものを、追いかけていればいいんだろうね。
くらい、よみち、あかり、てらす、はっぱ、を、とる。
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ありか20090411

桜の木の幹を登っているアリの行列を追いかけた。思いのほか動きが速く、百枚あまり撮って、静止していたのが数枚。そして撮り終えてから気付いたのだけど、外国人観光客が大勢訪れる神社の境内で、僕は長いこと幹にへばりついていたらしく、不思議そうな目で見られていた。
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晴れ間20090416

低く重苦しい雲が広がっているところに、細長い青空の覗くようなことが、年に何度か見られて、ああ、良かったなと思う。何が良いのか判らないけれど。こんなのが見たかったのかと気付く。
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長い散歩20090417

仕事を終えてから、最寄りの地下鉄駅へ向かわずに、隣りの駅まで歩いてみようと思った。歩いているうちに止まらなくなり、楽しくなって、駆け出したくなるのを抑えながら、腕を大きく振りまわして歩き続けた。新宿から東武練馬まで十一駅、二時間半。春だから浮かれていたのかな。逆さになっている本屋の看板さえも春のせいかと思える。
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わかば20090418

新宿御苑に入ってみたいけれど、昼休みの一時間を過ごすために入場料二百円を払うのはどうなんだ、なんて、つまらないことを考えながら御苑の周りの遊歩道を歩いた。樹皮の肥厚した老木であっても、いまの時期には明るい色の若葉が萌え出ているのが、おかしいような悲しいような、不思議な感覚におちいる。木は若くないのに、若葉。
わかば、といえば、そんな名前のタバコがあったなと思い出す。新宿区内では路上喫煙禁止という、つまらない条例があって、無論、遊歩道のベンチに腰掛けて吸うこともできない。取り締まりのための係員が至るところに立っていて、雇用創出には役立っていたのかと気付いた。僕自身には喫煙の習慣はないが、タバコというのは個人の嗜好という言葉では片付けられない存在で、必要なものだと思っている。喫煙すること自体が罪悪だと決めつけるような風潮はいやだ。多分、大多数の人々には伝わらない理屈だろうなー、と思うけれど。
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越生20090419

久々の日帰りサイクリング。志木から越生までの往復九十八キロ。沈下橋は四万十川だけじゃなくて埼玉にもある。川をのぞきこんでいて危うく落ちそうになった。泳ぐにはまだ早い。
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新宿からどこかへ20090420

社員希望アルバイト、というかたちで働いていた会社を退職しました。えーと、深夜まで続くサービス残業のせいで最低賃金を下回っていて、そろそろ身がもたないなと思っていたのですが、ついに一昨日、出勤するつもりで家を出て、なぜか越生に向かってしまい、堤防の芝生に寝転がって空を見上げ、携帯電話で店長と話したのでした。悪いのは会社だから店長と同僚には申し訳ない。
一週間くらい休んでから次の仕事を探します。悲しいような、ちょっとは楽しいような、よくわからねえ感情だ。俺はどこへ向かってんだろうな?
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萵苣20090423

大家さんに、サニーレタスをもらった。玄関の前にプランターごと置いてあった。育てろということらしい。どのくらいで収穫できるんだろうなー。楽しみ。日本ではレタスを生食することが多いけれど、俺はウェイパーなどの中華調味料を使って炒めたのが好きです。
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川口20090426

盛夏のような日射しが降り注いでいた今日、初めて、同行者のいない一人きりの墓参りをしてきた。葉に覆いつくされた鋳物工場を背景に立つ墓石へ、汲んできた水を掛け、砂埃や落ち葉などを洗い流し、線香をあげて手を合わせる。故人に対して何かを願うわけでもなく、自身の平穏といったものを祈るわけでもなく、ただ、そうやって時間を過ごしたというだけのことで、何の意味があるのかはよくわからないが、取り残されたような、世間から隔絶されたような時間を、自分は必要としていると思った。川口について何か書きたいけれど、キューポラのある街、という映画のことはよく知らないし、亡くなった祖父が、たしか鋳物工場で働いていたかなと思うが、定かではない。
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