空瓶この記事を はてなブックマーク に追加この記事を はてなブックマーク に追加

 もうそろそろいいかなと思ったので二年前に関わっていた小説の同人について書きたい。名を「空瓶」といい、五名が参加していて、なぜか最年少である僕が主宰を務めていた。参加者には短編小説を書いてもらい、製本して、文学フリマに参加する計画だったのだけど、いろいろあって流れた。僕自身が気力をなくしたせいでもあり、ほかの原因もあったのだが、まあ仕方のないことで、わだかまりなどは残っていないと思っている。

 小説を書く、という個人的な仕事を、大勢で同時に行なうことには幾つかの困難があって、たとえば方向性の違いであったり、タイミングの問題だったりするが、肝心なのは動機だろうか。僕が書き始めた理由は、第一には自分自身を宥めるためだったのだが、幸いにも他人に読まれる機会があって、予期していない読まれ方をしたり、他者を通しての自己分析みたいなことにもなっていた。書いた当時のことを思い起こすと自分はただ苦しいだけなのに、書かれている文章は綺麗だから、まあそういう感想をもらって、僕も多少は助けられるというような。

 空瓶と名付けた理由について、枕元に転がっていたニッカウヰスキーの空瓶を見たから、と話したことに嘘はないけれど、本当はもっと思い入れがあった。強い空虚感は確かにあるとしても、それは大気や大海のような茫洋としたものでなく、カラとしての自分があり、カラは殻、または空であると考えていたのだが、充たすべき容れ物としての自分があるゆえに空虚を感じて、さらには虚空に手を伸ばしている、そのカラについて考えたい、と伝えたかった。空瓶の読みは「あきびん」か「からびん」かと訊かれて、どちらでもいいと答えたのは、そんな理由による。

 と、まあ、長々と書いてみたものの、同人誌を出したいとか文学フリマに参加したい理由は人それぞれだから、べつにどうだっていいやと考えていたし、小説の中身もてんでばらばらだったけど、構わないと思っていた。大切なのは書き続けることだから、参加していた人々が、何らかのかたちで書いていてもらえれば、嬉しんですよ、と今さらだけど伝えておきたい。表紙に使うつもりだった写真は、ツンドラを背景にしたパスタソースの空瓶。

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