対面20081228
シャッターを三百回くらい切ったなかから、五枚載せる。
今までに「写真撮らせて頂けませんか」という言葉を何十回と声に出して、大多数の方々からは、苦笑いしたり照れ笑いしながらも了承を頂いたけれど、断られたことも何度かあった。当り前の話だが、見ず知らずの若い男にカメラを向けられれば、誰だって抵抗を覚える。だからなるべく失礼のないようにと話しかけてから撮らせて頂くのだが、それでも難しいときはあって、いやどうもすみませんでしたと謝り、その場を離れる。
人と接するときに、拒絶されたにしろ親しくなったにしろ、その人が遠ざかっていくときに、なぜだか僕は膝から崩れ落ちそうになる。普段の接客態度にもそれが表れていて、カウンター越しに写真の話をしていたお客さんが帰ってしまうときに、どういうわけか軽く落ち込み、なんで俺は落ち込んでんの、と疑問に思ったりした。人に何を望んでいるんだろう。
猫が逃げていっても、鳥が飛び立ってしまっても、僕は微かに傷付いていて、ちょっとこれはあまりに弱すぎるよなあと笑ってしまいたいんだけど、無論、猫や鳥のたぐいと人とは違う。たとえば鳩が逃げないときというのは、単に人間を恐れていないからだが、人と人が向き合えるというのは信頼関係があるからだ。きっと、僕は人に何かを要求するよりも前に、自分のことをきちんと相手に伝える必要がある。身分を証明するとか撮った写真を渡すとかでなく、ただ、自分の姿を相手にしっかり見てもらうというだけだ。
映画『東京日和』には、竹中直人の演じる荒木経惟が、相手に気付かれないようカメラを構えてシャッターを切るという場面があった。行為の是非について語りたいのではなく、ただ、僕にはそういう撮り方ができないと考えている。最近の記事で繰り返し書いていたことだけど、写真はあくまで手段であって、目的は人と向き合うことにある。僕は自分の姿をきちんと見せますから、もし良ければ、姿を見せてください、と伝えることになる。届いたなら本当に有り難いと思える。
昨日から今日にかけて写真を撮らせて頂いた方々、本当に有り難うございました。初対面でいきなりカメラを向けた僕に対して寛大な心で許してもらい感謝しています。僕は、あなたがたと向き合えるような、きちんとした人間だろうか。弱気になりたいのではなく、確かめたいと思っています。
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いかにして思考から速度を奪い去るか
蚊が顔の高さで旋回する。べたつく思考が物のように渦巻く――ある速度に達するとそれは狂気だろう。 ミシ
2008/12/29 13時45分 坂のある非風景 URLそういうときって「ブログに乗せてもいいですか?」って聞くんでしょうか?
2008/12/30 23時35分 ななしん訊いたことはないです。
2008/12/31 22時21分 Yuki URL