巻き寿司

 寿司屋で働いていたときは、巻いてから暫くは放っておき、海苔がしなびたのを片っ端から切り刻む、という作り方だった。久方ぶりに作ったカッパ巻きは、形こそ歪になったものの、高さは目分量で見事に揃った。

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押韻

 駄洒落になれなかった言葉たちの羅列。

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誤字

 某郵便局にて。人偏(にんべん)ではなく之繞(しんにょう)が正解。局員さんに教えたほうがいいのか悩む。

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反復

 夏の盛りには二千四百円に達していた灯油の小売価格が、今では半値近い千四百円まで下がっている。遠くのガソリンスタンドまで出掛けていくのが億劫になって、自宅から徒歩十秒の雑貨屋で買うようになった。店主に話しかけることが何となく面倒に思えて、ずっと買い物を避けていたのだが、話しかけてみれば何てことはなかった。ついでに食料品などを買い込む。

 自転車のとこに団子置いといたのに取らなかったね、ずっと部屋にいたの、と大家の婆さんに言われてしまい、ええ、まあ、と言葉を濁しながら冷たい団子を受け取った。事実、昨日は夕方まで一歩も部屋から出ずに考え事をしていた。停滞という訳でもなく、動き出すために思案を巡らせている。――引き籠もりという言葉に否定的な意味など含まれていない、一時の集中のために引き籠もるというように、本来は肯定的な使われ方をしていた――と誰かのブログに書かれていたのを覚えている。部屋に居て動けない時間さえ無駄ではないはずだと思う。部屋から出て活動しているのが一概に良いとはいえない。

 大家の爺さんは長期滞在に訪れたタイから未だ出国できずにいるが、明日にはスワンナプーム空港が通常業務に戻るらしい。予定にはなかった数日間の滞在延長が無駄であったはずはなく、空港に陣取っていたPADの人々よりは有意義に過ごしていたような気がする。シュプレヒコールを挙げているあいだは思案を巡らせる暇がない。敢えて停滞という言葉を用いるなら、それは彼らのほうにあった。空港占拠という非日常に依存していた彼らより、日常の反復のなかにあった爺さんや自分のほうが動いていたとも思う。

 といいつつ、自分が六十年代に生きていたなら、三里塚闘争の初期には関わっていたかもしれない。空港つながりで思い出したとはいえ、話が飛躍し過ぎたから止める。部屋の外に放置されていた冷たい団子は、電子レンジで温めてから食べた。

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黄葉

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紅葉

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灯り

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 ナズナ(ペンペングサ)。広角レンズで植物に近付いて撮ると、背景が広く写って嬉しい。

 誰に訊かれたのでもないけれど、この日記が毎日休まず更新されていることについて。写真や文章はストックがあるから、幾つかの記事をまとめて書き、WordPressの予約投稿機能を使って、適当な時刻に公開されるよう設定しています。時々、切羽詰まっているときには、数十分で書き上げて公開することもありますが、たいていは三日前くらいに投稿します。来月以降は都内で働くことになったから更新頻度は下がる予定ですが、書き溜めたものを数日おきには載せていたい。

 あと、まったく脈絡のない話で申し訳ないんだけど、バイト先の有線放送で聴いたMr.Children『花の匂い』が、The Carpenters『I Won't Last a Day Without You』と、部分的にメロディが似ていると思った。

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他人

 昨日、初めて会った老人と、わずか三時間後に仲良くなり、家に上げてもらうという出来事があった。煎餅を食べ、緑茶を飲み、コーヒーを飲んだ。帰り際にはサバの味噌煮、焼き海苔、リンゴ、小遣いを渡された。何が起こったのか自分でも未だに解らないけれど、事の詳細と写真については、あとで書きます。明日は友人と登山、そして明後日からは十連勤。どちらも楽しみだ。

 今年の春頃までは半ば引き籠もりのようだった俺が、猫の写真を撮るために外へ出るようになり、次いで、他人とも関わるようになった。気を抜けばすぐに戻ってしまうから、当分は立ち止まらないと思う。それが自分のためだけでなく他人にも良いはずだ、ということを、最近は確信しつつある。

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enchanted landscape escape

 上野のフェルメール展に行った高校生の妹から、一枚のポストカードを貰った。ちなみに俺は妹が三人と姉が一人という特殊な環境に育ったのですが、羨むようなことを他人から言われると少し困る。という話はさておき、自分の周りにはなぜか絵を好きな人々が多い。僕自身は絵が下手くそだから仕方なく写真を撮っていて、だから絵のことはよくわからないし知らないんだけど、描ければまた楽しかったり苦しんだりするんだろうなと思う。写真に撮ったのはパウルス・ポッテル『馬屋のそばの人々と馬』と、自分の暮らしているアパートの部屋の窓。ここから抜け出してどこかべつの風景が見えるところへ行きたいと以前は思っていたけれど、最近はあまりそう思わない。

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東京

 羽海野チカ『3月のライオン』第二巻を読んだ。中学生でプロ棋士になった少年の話なんだけど、将棋のことより、丁寧に描き込まれた月島の風景に目が向かう。この漫画を読んでいると俺も下町に住んでみようかなと一瞬は思い、多分、コンクリートジャングルで死ぬ思いをするよなーと考え直したりする。作者はロケハンで二万枚の写真を撮り、プリントして、それをアシスタントがトレースしているらしい。

 東京にはなるべくなら近付きたくないと思っていたけれど来月から二十三区内の某所で働くことになってしまったからさてどうしようかと悩んだ結果、無機質なコンクリートの建築物からは目を逸らして、木造の古い建物や、公園、緑地等を探し歩くことにした。基本的には引き籠もりやすい性格というか出不精だから、自分で自分を振り回すような真似でもしないと一歩も動けない。とりあえず寺とか神社めぐりでもすればいいのかな。

 埼玉から職場までは地下鉄で三十分、職場から月島までは自転車で三十分。目標は年間で一万枚の写真を撮ることと、東京に暮らす人々を撮らせてもらうこと。他人に話しかけるのが怖いのは変わっていないけれど、多分、向こうは俺を怖がってはいないから大丈夫。数年前に比べれば自分の顔もだいぶ穏やかになったんだと思う。

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電飾

 雨が降ったら漏電しそうな家ですね。ネズミにでも齧られたら本当、火事になりそうだ。クリスマスを祝うための電飾だからトナカイはいいとして、その右側、カエルっぽい生物が気になる。家に帰るとか、子供に還るとか。

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月島

水がたくさんあつまった 姿をみていると
ぼうっとして 頭が しん とする

羽海野チカ 『3月のライオン』

 数年前に「川野」という偽名を考え出したのは、似たような理由だった気がする。川のそばにいて川のことを考えているあいだだけは安心できた。言い換えれば、川から離れているときは不安で仕方ないし、その不安を隠すつもりもない。いつか俺は心の底から安心できればいいな、と思うけれど、自分で手に入れるべきなのか、誰かに与えてもらうのか判らない。場所の問題ではなく、自分や他人の問題でもないなら、誰に帰属する問題なんだろうな。あと、話はいきなり脱線するんだけど、月島は吉本隆明の生まれ故郷ですね。

この部屋に暮らすかぎりは僕が月を訪れる必要性は無いのだと考えながら眠りについた

年月 - 短編 第52期 #13

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多分

妙に、やさしさが、心にしみた。熊野の寺や神社が、苦労を背負っておまいりに行くと、杖か、木端か、そんなものでぶったたき「そんなことを苦だと言ってどうする、そんなに弱くてどうする」と一喝する感じなのに、この、信濃の善光寺は、一緒に涙を流し、うん、そうかそうかと、身におこった苦の話をきいてくれる感じがする。ここは限りなくやさしい。一番底の底で、涙を流してくれる。

中上健次 『鳥のように獣のように』

 十代の中頃に、信濃の善光寺へ行き、二百円のおみくじを引いて、百円だけを箱に入れてきたことがある。今となっては状況をよく思い出せないのだが、それが財布に入っていた全てだったことは覚えている。あと何年かしたら必ず戻ってきて、こんどは三百円を入れてやるからな、と心のなかで呟いていた。いつかここへ戻る理由を作るために、おみくじを引いたのだと思った。だから僕は死ぬまでに一度は長野へ旅行に行かねばならないのだが、二十代の半ばとなった現在、まだ早い、あと五十年は猶予がある、と思っている。

 多分、俺は他人に対して、善光寺のような優しさを求めていたんだと思う。八年前に起こった事件から現在までの経緯を、誰にも話さないことで自分自身を保ってきたけれど、時々、圧し潰されそうになる。このサイトを始めた十六歳の頃というのは、何もかも真暗だったのだが、十名、二十名と少しづつ読者が増えてきて、幾つかの優しい言葉をもらい、少しづつ立ち直り、ようやく普通の生活に手を伸ばせそうな気がしている。

 届きそうで届かないものがあって、さらに手を伸ばしたときに手が届くのか、足を滑らせて川に落ちるのかとつまらないことを考えていた。数年前から時々受け取る感想に、希望をもらった、あなたは優しい、なんてものが散見されたけれど、そうしているあいだにも俺は川に流されているような気がしていた。言葉だけではなくて直接、手を伸ばしてほしいと思っていた。

 だけどネットというものは手を伸ばせる仕組みになっていないから、言葉を介したコミュニケーションしかできない。人に触れたいと思うなら、このサイトで文章や写真を載せるだけに留まらず、部屋の外へ出て行かなければならない。自分が元気を取り戻すために人と会いたいというのは、独り善がりかもしれないし、誰のためにもならないんじゃないかと思う。それでも俺は人を必要としていて、どこへでも出かけて行きたい。

 年が明けたら東京の自転車屋で働き始め、同時に、人々の写真を撮らせてもらいたいと考えている。どこへ発表するあてがある訳でもないが、人と会って話がしたい。人様の顔をこちらへ向けてもらい、写真に収めるときには、当然、自分の顔を相手に向けることにもなる。写真を撮らせてもらう勇気というのは、自分の顔を世間に晒すときの勇気とあまり変わらない。今年の大晦日、ここにセルフポートレートを載せる。すでに写真は撮ってあるが、うまく笑顔が作れなかったばかりか、眉間に皺が寄っている。今はそれでも構わない。

 いつか、多分、きっと、などの曖昧な言葉では安心を得られない。今はただ胸の痛み(胃痛ともいう)を堪えながら、街へ出かけて行き、人と会い、話をして、誰もいない部屋へ持ち帰るしかない。他人など頼りにはしないという態度と、他人に全力で頼っていくという態度を共存させることになる。それを優しさと呼ぶのかどうか判らないが、多分、希望なんだと思う。

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 めったやたらと綺麗な花なんで写真撮ったけど名前が判らない。誰か教えてください。

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Y字路

 タモリは坂道学会だけじゃなくY字路も好きだったんですね。安倍吉俊もそうなのかな。というわけでY字路写真。

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午前一時

 言葉が現実を引き寄せるんですね、と、人から届けられた言葉を反芻している。これから僕は午前八時まで眠り、目を覚まして蒲団を撥ね退け、自転車に乗って、午後十時まで走り続ける。二百キロくらい走れたらいいけど写真も撮るから無理はしない。メーターは外してしまったから、帰宅後に地図上で距離を測る。誰かと出会って多少は言葉を交わせればいいな。

 引き寄せる、というのは、あくまで引き寄せるだけであって、具現化させるとは言っていない。おそらく家を出て東京方面に走り始めることは間違いないが、あとはどこへ向かうのか決めていないし、無事に家へ戻れるのか、途中でトラックに轢かれるのかも判らない。「自由」というのは、自分の身体を自分の思い通りに動かすことではなく、不確定要素によって振り回されるのを許すことだ、と考えている。一つだけ願うとすれば、朝、目が覚めますように、ということだが、これは二つの意味を含んでいる。寝坊しないように。眠ったままで死なないように。

 安心して眠れる日がいつか訪れればいいなと願いつつ、明日はどこかで湯たんぽを買いたい。

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対面

 シャッターを三百回くらい切ったなかから、五枚載せる。

 今までに「写真撮らせて頂けませんか」という言葉を何十回と声に出して、大多数の方々からは、苦笑いしたり照れ笑いしながらも了承を頂いたけれど、断られたことも何度かあった。当り前の話だが、見ず知らずの若い男にカメラを向けられれば、誰だって抵抗を覚える。だからなるべく失礼のないようにと話しかけてから撮らせて頂くのだが、それでも難しいときはあって、いやどうもすみませんでしたと謝り、その場を離れる。

 人と接するときに、拒絶されたにしろ親しくなったにしろ、その人が遠ざかっていくときに、なぜだか僕は膝から崩れ落ちそうになる。普段の接客態度にもそれが表れていて、カウンター越しに写真の話をしていたお客さんが帰ってしまうときに、どういうわけか軽く落ち込み、なんで俺は落ち込んでんの、と疑問に思ったりした。人に何を望んでいるんだろう。

 猫が逃げていっても、鳥が飛び立ってしまっても、僕は微かに傷付いていて、ちょっとこれはあまりに弱すぎるよなあと笑ってしまいたいんだけど、無論、猫や鳥のたぐいと人とは違う。たとえば鳩が逃げないときというのは、単に人間を恐れていないからだが、人と人が向き合えるというのは信頼関係があるからだ。きっと、僕は人に何かを要求するよりも前に、自分のことをきちんと相手に伝える必要がある。身分を証明するとか撮った写真を渡すとかでなく、ただ、自分の姿を相手にしっかり見てもらうというだけだ。

 映画『東京日和』には、竹中直人の演じる荒木経惟が、相手に気付かれないようカメラを構えてシャッターを切るという場面があった。行為の是非について語りたいのではなく、ただ、僕にはそういう撮り方ができないと考えている。最近の記事で繰り返し書いていたことだけど、写真はあくまで手段であって、目的は人と向き合うことにある。僕は自分の姿をきちんと見せますから、もし良ければ、姿を見せてください、と伝えることになる。届いたなら本当に有り難いと思える。

 昨日から今日にかけて写真を撮らせて頂いた方々、本当に有り難うございました。初対面でいきなりカメラを向けた僕に対して寛大な心で許してもらい感謝しています。僕は、あなたがたと向き合えるような、きちんとした人間だろうか。弱気になりたいのではなく、確かめたいと思っています。

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年末

 昨日書いたものを読み返して、これは何か違うなと思った。一度書いた日記は消さないことにしているから残しますが、当分のあいだはカメラを人に向けないことにしたい。写真屋のバイトは明後日で退職。ようやく年賀状も落ち着いて暇になった。

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送別

 バイト先までは自転車で十分の距離だから、昼休みには帰宅して食事を摂っている。今日はこれから八時まで働いたあと、俺の送別会がどこかの店で開かれる、と、さっき聞いた。お好み焼きが食べたい。

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再見

先に身体と顔と視線に出会ってから、精神というか、主体に出会う道筋とは順番が違うだけだといえるが、もし出会いが道半ばで終わったときは、残されるものが違う、そういうことだと思う。他者から出てゆく道にいろいろあるように、他者への入り方にもいろいろとあるのだ。来し方、行く末。

坂のある非風景 他者への入り方

 送別会では六名の同僚が集まってくれて、スキヤキをご馳走してもらった。本当は「お好み焼き」が食べたかったのだが「好き焼き」でも大して差違はなく、入っているのが豚コマか牛かという違いくらいだ。同僚たちを撮らせてもらおうとカメラを用意していたが、話しているうちに写真はどうでもよくなり、空腹も充たされて、多少は落ち着いたような気がした。食事のあとには、ヘーゼルナッツ風味のコーヒーと菓子を贈られた。今まで無縁の飲み物だったから味は知らないけれど、きっと旨いんだと思う。フレーバーコーヒーの味が判らないのと同じくらい、同僚たちは俺の内面については何も知らない。顔だけを決して忘れないままに彼らとは別れる。

 写真屋を退職した今日は、同時に、会社が消滅する日でもあった。某社に買収されてから三年近くは持ち堪えたけれど、ついにこういうことになった。あとは社員の人々の待遇がこれからどうなっていくか、店は存続するのか、という話になるけれど、自分はもう関わることができない。「ついに」を漢字で書けば「遂に」または「終に」だが、べつに終わった訳でもなく、社名とか屋号とは別れたというだけだ。

 お客さんからは今日も沢山の話を聞かされた。七十代と思われるお爺さんはフィルムの話をしていたはずが石油化学について語り始め、灯油とジェット燃料の組成がだいたい同じだとか、原油価格の指標となるWest Texas Intermediateとか、故事成語「出藍の誉れ」とか、迷走しながらも途絶えることなく語り続けた。いつまでも聞いていたいと思ったが、そうもいかない。夕方にはまた別の七十代の常連客から東南アジアで撮った写真を見せてもらい、今日で辞めますと伝えると、なぜか一箱のチョコレートを渡された。それを食べながら、今、ブログを書いている。

 ブログを「続ける」とは、どういう意味なのか、と考え始めている。たとえば生活を記録するlifelogとか、読書を記録するbooklog、写真を載せるphotologなどはあるけれど、さて、自分は何やってんだろうなと考えたとき、どこへも分類されなかった。書いていることは出鱈目だし撮っているものは滅茶苦茶じゃないか、と、やさぐれたい気持になり、それもまたこうして書いている訳だけど、本当に俺は何をしたかったのか、何になりたいのか、などと自意識の枠から逃れることができずにぐるぐる廻っているから、他者に対しての思いやりなんて無いし、人に優しくはない。それでも構わずに、続くものは続いていく。

 別れるためには出会う必要があり、自分が存在するためには他者が必要だが、これは光と闇のような二項対立ではなくて、ただ、二つが一組みになっているだけだ、と年の瀬になってようやく理解できた。あるいは誤解かもしれない。ブログを続けるのは思考と試行のためで、何も発見と呼べるようなものはなく、だからユリイカと叫ぶことはできない。新しい考えと出会うためには、古い考えと訣別する必要があって、サヨナラだけが人生だと呟き続けるのがブログかもしれない。井伏鱒二。

 何を言いたいのか解ってもらえないと思うけど大丈夫。書いている俺にもまったく理解できない。七年以上もこの場所で書き続けていながら誰にも理解されていない、と卑下する必要はないし、ある程度は伝わっていると思うのですが、そもそも本当に人と出会うとか他者を理解するっていうのは、どういう状態なのか解らない。とりあえず自分の顔とサンタ姿を載せてみる。初めまして。

 副店長からはレンジファインダー機のRollei XF 35をもらった。こんな高価なものをどうして、と思ったけれど有り難く頂戴し、帰宅してから、電池室の蓋が無いことに気がついた。どうにか使える状態へ持っていきたいけどメーカーにはもう部品がないだろうな。電池をセロハンテープで支えれば動くだろうか。

 体調がすぐれないとか気分がよくないとか、物事を放り出したくなるときは多々あって、もしくは自分の場合、周囲で起こったトラブルに巻き込まれて立ち行かなくなることも多いんだけど、もうやめてもいいのか、まだ耐えられるのかと考えて、とりあえずはやめないことにした。渡されたチョコを食い、コーヒーを飲み、カメラを使う。どうしてブログを続けるのかという問いが、自分にとっては、なぜ生き続けるのかという問いと同義になっている。昨日から今日にかけて受け取ったものが、渡されたというより、託されたものだと考えていたい。すでに自分ひとりのものではないブログとなっている。

 あと二時間ほどで年が変わるというときに、制服から着替えないままで俺は何をごちゃごちゃ書いてんだろう、と不思議に思っている。えーと何が言いたかったんだっけ。記事の最初にMさんの記事を引用したのは、他者と出会う方法について、何らかのヒントがあると思ったからだった。正直に言えば、普段からMさんの書いていることを半分も理解できない。だから読み解きたい、考えたいと思ったのでした。

 他者という概念も解ってはいないのに、他者と向き合えるはずがなく、カメラを向けるより先に、すべきことが沢山あるように思った。自分で自分を振り回し続ける日々から離れ、受け取ったものの意味について、じっくりと考えたい。他者を理解するなんて言うより先に、出会わなければいけない人々が沢山いるような。来年はそういう方向に進んでみる。

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