飯20081101
大家さんから串団子と新米をもらったので記念写真。前にも書いたと思うのですが、僕は土鍋とカセットコンロで飯を炊いておりまして、プロパンガスを契約していないから、大家さんにはとても不思議がられています。いまどき珍しい好青年だと町内でも評判になって、は、いないけれど、毎日のように和菓子とかパンをもらえるから、食費はけっこう助かる。炊きたての飯の撮影を試みたけれどレンズが曇ってしまった。難しいなー。
(コメント: 3)
旅と自分20081105
日曜日、沢木耕太郎の講演会に行ってきた。講演タイトルは「旅する力」。映画『イントゥ・ザ・ワイルド』と『モーターサイクル・ダイアリーズ』の話から始まって、山口瞳、中田英寿、テレビドラマ化された『深夜特急』に出ていた大沢たかお、キューバで会ったフィデル・カストロなど、沢木さんが旅を通じて出会った人々とのことや、旅の在り方について考えたことを語っていた。講演内容の詳細については他に書いているサイトもあるだろうから省くとして、講演を聴きながら僕が考えていたことについて書きたい。
僕が新宿で『イントゥ・ザ・ワイルド』を観たとき、沢木さんの書いた映画評の切抜きが、劇場の入口に貼られていた。二年間にも及んだクリスの旅の足跡と、彼のなかで移り変わっていった思考とが、視覚化されているという一点において、この映画は高く評価できるというようなことが書かれていた。映画を観終えて赤くなった目を洗面所で冷やしながら、僕も同じことを思った。クリスが「最後で最大の冒険」と称して訪れたアラスカで、ついに辿りつくことのできた思考が、あまりに生々しく伝わりすぎた。
あらゆることが自分を中心に回っていて、物事を解釈するのも自分であり、何かをするのも自分のためで、自分というものが極度に肥大している。僕が旅行に出たときノートに書き綴った文章には、何度か「翻弄されたい」という言葉が登場していた。言い換えれば、自分をバラバラに解体したかったんだと思う。解体されたり、変えられることを恐れてはいたけれど、それでも構わないと思っていた。結果として僕は何度か粉々になり、小さくなって、多少は変わったのかもしれない。僕が北極海沿岸の町で考えたことと、クリスが死の直前に書き残していたことが、見事に一致していた。
旅で得られる感動を人と分かち合うことについて、沢木さんは否定していた(旅に相棒は要らないと言っていた)けれど、それは二十代の旅には戻ることのできない六十代の今だから言えるのではないかと軽い反発を覚えた。あるいは、孤独の意味を知るために一定の期間だけは一人旅をすべきだ、ということなら納得はできる。
見聞きしたものや考えたことを伝える相手がいなければ、僕はもう何も見たいとは思わない。一人旅を続ける必要性は消滅している。同様にクリスは「分かち合うことにしか意味がない」と書き残して、さらに「名前は呼ばれるためにある」と、長く使っていた偽名のアレックスではなく、実名のクリス・マッカンドレスと署名をして息絶えた。
旅の途中に二十四歳で死んだクリス・マッカンドレスではなく、旅と革命は成し遂げたが三十九歳で死んだチェ・ゲバラでもなく、深夜特急の旅を終えてから結婚をして文章も書き続けている六十歳の沢木耕太郎が、目の前の壇上で話していた。旅によって自分が変わることを恐れてはいけない、と何度も繰り返していた。沢木さんが変わり続けているのは、旅の在り方を変容させながら現在まで生き永らえているからだと思った。僕はこれから自分が変わることを恐れてはいないけれど、バラバラになったものを再構築するような激しい変わり方はできない。緩やかに変われればいいと思う。
講演の終わりに沢木さんが、韓国語版の『深夜特急』に寄せたあとがきを引用していた。あとがきを締め括る言葉が「恐れずに、しかし、気をつけて」だったことに少し助けられた気がした。
(コメント: 1)
日記20081106
新しくバイトに入ってきた人がミニラボの廃液を床にぶちまけて面倒なことになった。面倒というのは片付けが面倒くさいだけのことで決して取り返しのつかない事態が起こった訳でもなく、店は暇だったから雑巾とモップで拭き取れば済む話だったのだけど、なぜだかひどく億劫に思えてしまい、声には出さないが、罵倒するような言葉を幾つか思い浮かべたりもしていた。「本当にごめんなさい」と縮こまっているその人に対して、何か言わなければと思い、口を開いて出てきたのが「やっちまったもんは仕方ないからね」という、考えていたのとは正反対の言葉だったことに自分で驚き、申し訳なく思えた。覆水盆に返らずというかit is no use crying over spilt milkというかこぼれてしまったものは元に戻らないんであってまあ水でもmilkでもなく廃液なんだけど過ぎたことをごちゃごちゃ言っても仕方あるまいと思った。そして自ら喋った「仕方ない」という言葉によって容易にも再定義されてしまった自分の感情が、正体不明のようで、しかし面白いなあと思ったり。
上のような、ごちゃごちゃした文体でもって日記を書いていると、自分の頭のなかもごちゃごちゃになっているような感覚に陥って、けれどいつも通りの文体に戻してみれば、ただの錯覚に過ぎなかったと気付く。僕、俺、自分などの言葉が、単に自分自身を定義する言葉に過ぎないのと同様に、自分の持っている感情とか情動というやつは、常に他の何かから定義されている可能性があって、そうなると、いろんなことが誤解とか錯覚に過ぎないように思えてくる。そんなことを考えていると、少し楽しくなりますね。今朝は新聞を取りに行こうと玄関を出たら、野菜が置いてあった。誰の仕業だろうな。

(コメント: 1)
第一波20081107
二十七個のキウイフルーツを貰い、三つを食べて、残りを写真に収めた。これから数日おきに大量のキウイが襲いかかってくると予想される。まともに向き合っていては舌が痺れてしまうが、完熟しているから放置する訳にもいかない。今のうちにジャムの作り方などを調べて来襲に備える必要がある。水とグラニュー糖があれば、なんとなく作れそうだけどなー。(本文とハチクロは関係ありません)

(コメント: 2)
太陽20081109
逆風と順風のどちらが好きかと問われれば、自転車乗りとカヌー乗りの大半は順風と答えるに違いないが、逆光と順光のどちらが好きかと問われれば、写真を撮る人たちは半々くらいに分かれそうだ。眩し過ぎて見えなくなるほどの明るさを欲しているかどうかなんて単純な話でもないけれど、フレアとかゴーストが出てもいいから画面に強い光源を入れていたいと思えるかどうか、つまり、太陽そのものに執着するかしないかってことは、割と重要な気がする。僕が太陽について記憶しているのは、表面温度が六千度、核融合の起きている中心核では千五百万度、コロナは百万度、光が地球に届くまでは八分十九秒という数字だけでしかないから、なんてつまらない人間なんだろうな、と悲しくなったりもするが、それでも見続けている。

(コメント: 0)
花20081111
道端に咲いていた、マルバルコウソウ(丸葉縷紅草)。直径は一センチくらい。風が強く吹いていてシャッタースピード稼ぐために絞り開放で撮ったから微妙にピント合ってない。

(コメント: 0)
屋上緑化20081112
新河岸川水循環センター(埼玉県和光市新倉)。都市公園を整備するらしいけど予定は未定。下水道施設の上部利用は全国で行われているらしく、芝生を敷きつめたサッカー場として利用できる場所もある。ただ、どんなに緑化を進めたところで、基本的には物哀しいというか、俺はちょっと苦手だ。管理されず好き勝手に伸び散らかった植物が屋上から溢れだすような光景を見てみたい。

(コメント: 0)
芋20081113
サトイモの「サト」は「里」のことだから、山野に育つヤマイモではなく、水気の多い低湿地で栽培されるのがサトイモというのは、たとえば武蔵野において野方と里方があるように、考えてみれば自明のことではある。元々は熱帯地方に育つタロイモの近縁だから暖かくて降水量の多い気候が好ましいはずだけど、昨日のような肌寒い天気の日にも萎れることなく立っていた。品種改良を繰り返してコメが寒冷な気候へ適応したのと同様に、サトイモが日本の気候に適応するまでは長い年月を費やしたはずで、けれども、そんな素振りを見せることはなく(植物だから当り前だけどな)、何事もなかったように平然と生えている。本当は何があったのかを、樹木の年輪を調べるように、知ることができれば面白いと思う。サトイモの茎、ズイキを干したやつは煮物にすると旨い。……という日記を書いてから心配になったんだけど、この写真、里芋で合ってますよね?

(コメント: 0)
逆光20081115
写真だけなら山ほど撮っているから毎日でも更新できそうな気がしてきた。数を撮れば上手くなるものではないと解ってはいるけど今年に入ってから五千六百枚。多いのか多くないのか、というか、何がしたかったんだろうなー。

(コメント: 0)
メモ20081116
- 内容
- ジャンルは問いません(但し応募は毎月1人1作品まで)
- 字数
- 500〜1000字
- 締切
- 毎月20日締切
- 月間賞
- 毎月当選作に賞金3万円 佳作10篇に千円分の図書カード
日本カメラやアサヒカメラなどの写真雑誌に、昨年末から写真を投稿し続けているが、予選通過者として名前が載るばかりで写真は一度しか拾われていない。当たれば賞金は大きいけれど、当たらなければプリント代と郵送料ばかりが飛んでいくから厳しい。いつも〆切直前に出すから速達代も掛かっていた。
携帯メールで文章を送るだけなら費用は数円しか掛からない。写真はプリントを焼き直すごとに費用が掛かるけれど、文章は何度でも無料で推敲できる。小遣い稼ぎのためには短編小説を書いたほうがいいかもしれない。高性能なカメラや高価なレンズを買う必要はなく、紙とペンがあれば書ける。明日は一日を通して暇だから、勉強の合間に少し書いてみようか。
どうでもいい話なんだけど日本カメラの月例コンテストはEOS 5Dの入賞率が異常に高いような気がするよ、というかキヤノン製品の占める割合が凄いときがある。気のせいなら、それに越したことはないのですが。
(コメント: 0)
仮名(かな)20081118
ウェブで文章を書いていて漢字をひらきたいと考えるとき、一つには送り仮名とか振り仮名の問題がある。「埋もれる」は《うずもれる》と《うもれる》、「呪い」は《まじない》と《のろい》など、複数の読み方があり、文脈から判断しようにも難しいと思われるときに、仕方なく平仮名で表記することがある。筆者の意図する読み方を伝えるために、たとえば振り仮名をふったり括弧書きを用いたりもするが、現在のところウェブにおいてルビを利用するための仕組みは不完全だ。自分のサイトではなく他サイトに投稿するときなどrubyタグ付きで送る訳にもいかない。文章を書く人々はウェブ標準について考えるより、漢字を平仮名にひらきつつ推敲を重ねたほうがいいようにも思える。
もっとも有名なのは「行った」だろうか。《いった》と《おこなった》、どちらにも読めるから、前後の文脈から判断を迫られることが多い。後者の場合には「行なった」と表記してもらえれば判りやすいのだけど、送り仮名に無頓着だったり、送り仮名を省くことで漢字の占める割合を増やせる(≒格式がある)と考えていたり、いずれにしても誤解を招くとは考えていない人々が多いから、この種の問題はなくならない。但し「行う」は「おこなう」としか読めないから、一概に誤っているとも言いがたい。そして「行った」を「おこなった」とひらくのは、あまり見たことがない。
構わないのだと思う。送り仮名の付け方は揺れ動いている。国語審議会の人々によって決められ、内閣告示されたものが学校教育では用いられているが、未だに議論は続けられている。習ってきたものが正しいとは限らないし、自分で考え出した送り仮名の規則だって正しいとは言い切れない。誤読される危険性が常にあるという認識さえ持っていれば、誤読されること自体は構わない。
最初に挙げた例に戻れば、「埋もれる」を《うずもれる》ではなく《うもれる》と読まれてしまったところで何も困らない。どちらも意味に大差はないからだ。あるいは「埋ずもれる」のような書き方をすれば、格好はよくないが誤読は回避される。少し困るかもしれないなと思ったのは、先日、博物館の展示にあった解説文で、「呪い」に使われた道具という書き方を見つけたときだった。《まじない》と《のろい》、どちらも送り仮名の付け方は一つしかない。これだって意味に大差ないだろうと言われれば、まあそうかもしれないですけどね。でも後者だったら嫌だ。
(コメント: 2)
花20081119
最近はトップページの写真をころころと変えて遊んでいたが、ようやく木立朝鮮朝顔で落ち着いた。春先まではこのまま放っておきたい。雨ざらしになっている自転車とビデオデッキが気になる。春先まで放っておかれていればいい。今日まで二週間連続で日記を更新し続けていたから少し休みます。

(コメント: 0)
真昼20081124
小説のようなものを書いている、と人前で話すことが僕は極端に苦手で、人前どころか、この日記にさえ書けないくらいなのだけど、先日からノートに少し長めの文章を綴り始めている。話をどのように着地させるかは定かでないし、いつごろ書き終えるのかも判らないけれど何万字でも際限なく書きたい。題名は今井智己の写真集から借りてきて『真昼』と名付けたが内容に関しては少しの繋がりもない。以下に載せる写真は僕が今までに撮ってきたものだけど小説とはやはり関係がない。
(コメント: 0)
名前20081125
サイト名を変えてから四年近くが経ったというのに未だ検索で七番目に来るということは、どこかに古い名前のままでリンクしてくれているページがあるんだな。有り難いことですね。自分が忘れていても向こうは憶えているということが結構あるような気がする。その逆も然り。たとえば宮崎あおいが「将来は映画女優と呼ばれたい」と言っていたのに大河ドラマに出ていることが俺は不可解だったりするんだけど、本人は多分憶えていないんだろうな、とか。
(コメント: 0)
名前 #220081126
昨日、仕事から帰って、ぼんやりテレビを観ていると、南米のパンタナール湿原が映し出された。雨季には川から溢れた水が湿原全体に薄く広く行きわたり、それは壮観な眺めとなるけれど、今は乾季だから所々に小さな池が残されているだけだ、と現地のガイドが解説している。幅が十数メートルの池に無数のホテイアオイが浮かび、葉と葉のあいだからワニが顔を覗かせ、レポーターの男が大げさに驚いてみせた。この小さな池には百匹を超えるワニが棲んでいるんですよ、凄いですねえ、と嬉しそうに話していたのだけど、僕が考えていたのは全く別のことだった。言葉遊びのような、連想ゲームのような話だけど、ワニに点を付け足せばウニとなる。この小さな池には無数のウニが棲息していると言われれば確かに驚かざるをえないが、ワニが棲んでいることに何ら不思議はない。そしてウニから連想したのは、宮沢賢治と、ドリアン助川だった。
読者の皆さんは多分嫌いだろうというか興味ないかもしれないですが、僕はドリアン助川が大好きだったりします。名前からして明らかに胡散くさいし、何をしている人なのか、何がしたい人なのか解りづらい。一応、叫ぶ詩人の会が解散してからは名前を明川哲也に変えていて、相変わらず小説書いたり音楽やったり、人生相談も受けている。テレビやラジオへの露出は今やほとんど無いものの地道に活動を続けていて、最近では『オバケの英語』という語学の本が売れたりもしていた。
数年前に『食べる ― 七通の手紙』というエッセイを読んだ。この本の冒頭では、オホーツク海の沿岸を旅する明川哲也が、殻を割って取り出したばかりのウニを頬張りながら、宮沢賢治の詩『春と修羅』を引用している。
これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
人や銀河や修羅はいいとして、なぜ、ウニを同列に並べたのか、宮沢賢治よ、と明川哲也が語りかけていた。しかしドリアンという果物だってウニみたいに棘だらけじゃないか、という話でもなく、それではどう繋がっていくかについては本を読んでもらったほうがいい。題名に「七通の手紙」とあるとおり、七種類の食べ物によって媒介されながら、七名の人物に宛てて書かれた手紙という形式をとっている。特に強烈な印象を残したのは「塩」を題材としてポル・ポトに宛てた手紙だった。この内容について僕が何名かの友人にメールを送ったところ、一様に「吐きそう」と返事が送られてきたことがある。
最初に書いたウニの話、じゃなかった、ワニの話に戻るけれど、雨季になって川や池から水が溢れたときには、大湿原のどこへでも移動することのできるワニが、乾季には小さな池に閉じ込められている。一方、水が退こうと溢れようと何も変わらないようにみえるウニが、実際には閉塞感をかかえたり、何かを思考することがあるのか、またはどこへでも移動できたりするのか。そんなどうでもいいことを考えているあいだに番組は終わっていて、もう一度、明川哲也について考えを巡らせた。
彼にとって名前とは殻でしかなく、果物のドリアンから殻を剥がすように名前を改めることはできたが、結局、助川哲也という本名から完全に離れることはなかった。殻を割られたウニが生きてはいられないのと同様に、ドリアンの殻は未だどこかに引っかかっている、と思う。
(コメント: 0)
熟柿20081127
今年、アパートの大家から貰ったキウイの合計は六十四個だった。庭に生っている柿がもう充分に熟したらしく、小鳥が枝にとまって啄んでいる。僕もベランダから転げ落ちそうなほどに手を伸ばせば、柿に手が届かなくはないけれど、そう焦らずとも大家がまた厭になるくらい柿を寄越してくれるはずだ。念の為、熟柿は「じゅくし」と読みますよ、と書いておく。
(コメント: 0)
会話20081129
一昨日の昼、父親からの着信に気付き、掛け直すと、例によって救急車で運ばれたという話だった。夜になり、自転車で四十分の距離にある実家へ行き、事情を聞いた。飲んだものはすべて吐いているから、牛乳を大量に飲ませれば大丈夫とのことで、入院はせずに帰宅していた。自室で休んでいる本人と会い、借りていた漫画に何冊かを加えて、渡した。パラパラとページをめくりながら漫画の内容について説明し、僅かに笑顔が見られた。あとで母親から聞いた話によれば、何事もなかったように登校し、異変に気付いた中学校の教諭が、救急に電話を掛けたらしい。
何事もなかったように出勤、と言いたいが、今日は十五分ほど遅刻してバイト先に着いた。誰かのために動くときは迅速だけれど自分のことになると動作が鈍い。年賀状シーズンにもかかわらず来客は少なかった。下を向いて作業に没頭していると、このあいだ一眼レフを売ったおじいさんが、使い方を教えてほしいといって僕のところへ来た。どういうわけか僕はこの人のお気に入りとなったらしく、何かと理由をつけて店にやってくる。一通りカメラの説明をしたあとに雑談をした。先日はあそこへ写真を撮りに行った、今日はどこそこの寺まで自転車で行って特別公開のなんとかを撮る、そんな話を僕は聞きながら、時々、言葉を挟む。
何の錯覚でもなく、僕はこのおじいさんに好かれている。名前をSさんといい、Sさんも僕の名前を覚えている。おそらくは八十近い年齢のはずだけど、自転車で二時間以上かかる場所まで平気で走っていく。正直、あなたは無理したら死ぬと思いますよ、と言いたくなる。だから元気なあいだは写真を撮り続け、どこへでも出掛けてほしい。Sさんが必要とするなら、僕はあらゆる知識を総動員して、言葉を伝えたい。
今の自分が必要としているのは、他人から言葉を「必要とされること」かもしれない。一方では、僕自身も他人の言葉を必要としている。二年前から自傷を繰り返している妹に対して、僕は語り続けているのだが、それは確実に届いていると判っているから、何も心配はしていない。こうしてブログに書いていることが、数名の知人を含む、百名余りの読者に届いているという事実についても、何も疑いは持っていない。
少しだけ弱音というか愚痴を零すとすれば、僕、というか俺は、誰から言葉を受け取ればいいんだろうか、ということで、我儘というよりほかにないんだけど、これだけ大勢に読まれていても何一つ足りた気はしない。昨日から今日にかけてアクセスカウンタは三百くらい回った。それは数字が動いただけで、言葉ではなかった。こうして文章を書くときには偽名を使っておきながら、俺は、本名を呼ばれたいと考え続けていて、いったい、何のこっちゃと思うのですが、必要とする/される人と、ゆっくり話がしたい。
(コメント: 0)

















