足りないもの #3この記事を はてなブックマーク に追加この記事を はてなブックマーク に追加

自分は
想いの言語化が下手くそなのかもしれない。
ことばの限界を感じつつも諦めずに表現し続けているのかもしれない。
(前者は「自分に足りなさ」を。後者は「ことばに足りなさ」を。)

わからない感じから感じた、(自分の)人からはわからない感じ。 – fla.

知りたいのはそのことではないのだ 僕が手を伸ばした
君の影が小さくなりかけている 言葉を使い過ぎだ
信じているさ だからもう何も話さなくていい
それは僕に出来ることの全て
信じているさ こんな事なんかすぐに忘れられる

空気公団 『融』

 言葉が足りない、と言われたときに、それはいったいどうなんだろう、「俺」が足りていないのか、「言葉」が足りていないのか、それとも「あなた」が足りていないのか、と考え込んだことがある。何も話してはいないけれど俺は充ち足りていたからだ。あなたの知りたいことと俺の話したいことは、まったくべつのことだから、話したところで足りないものは埋められないし、言葉が足りないどころか使い過ぎてしまうから、却って申し訳ないような気になる、だから話さねえよと思った。

 今年に入ってからの自分は、訊かれてもいないことを一方的に喋り過ぎていて、あるいは、一を訊かれれば十を答えるほどの勢いで喋ったり書いたりしている。これが問わず語りってやつか、何やってんだろ俺、と意識はしながら止まらなかった。自分が話しているあいだは誰にも話しかけられないから、話せば話すほどに、他人からの言葉を受け取ることができなくなって、いろいろと足りない状態になる。

 話してしまえば足りないものが相互に生じるから、充ち足りるためには沈黙する必要があるかもしれない。話さないことや語らないことによって伝わることがないとはいえない。話さずとも耳は澄ませていて、誰かが話し始めるのを待っている。誰にも話しかけてもらえなければ、眠たくなるから、自分の目を覚ますために話し始める。……なんだか抽象的になったけれど「言葉」について今日の仕事中に考えていたことを書いてみた。新人さんに教えてたから俺は暇で、眠くて仕方なかった。

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