足りないもの #2この記事を はてなブックマーク に追加この記事を はてなブックマーク に追加

 覚えたって大した意味もないのに数字を記憶するのが好きだ。クレジットカードの番号、家族の生年月日と生まれた時刻、液晶モニタが表示できる16777216色、以前はもっと言えた円周率3.14 1592 6535 8979 3238 4626 4338 3279 5028 8419 7619 3993 7510等々。自分の頭を試したい訳ではないけれど、視野に入ってくる情報を出来るかぎり留めておきたい、解っていたいとは思っていた。

 俺が数字から、もしくは数学から離れてしまったのは、知ることにはキリがないと思ったからだ、と今にして考える。円周率はそもそも無理数だから終わりがないけれど、そういうことでもなくて、数学のごく初歩的なところでつまづいた。高校のときに見たテレビ番組で秋山仁が言っていた「0.999... は 1 と完全に等しい」ことが未だに理解できない。極限という概念をまったく解っていない。というより、解りたくなかった。だから自分の数学的知識は高校一年の段階で止まっている。

 この場合、足りないものの話というよりは、単に理解が誤っているだけなんだけど、誤ったままでいいから放っておきたい。本当のことを言えば、幼少時から見ていた夢に、漸近線とy軸の挟間をいつまでも落下し続けている自分、というのがあった。どこかで数学的誤差として切り捨てられるのか、もしくは滑らかに落ち続けていくのか、と考えているあいだにも自分の体は無限に矮小化していく、と今こうして書いていても気分がよくない。数学から距離をおいて数年後にようやく夢を見なくなり、安堵している。

 すべてのことを数学で扱うことはできないから、多分、足りないものは双方にある。今でも数字を記憶することは好きだけれど、数学にはあまり関わりたくない。だけど数学に関わっている人々を見ているのは楽しかったりするから、よく解らない感情だ。若いとき数学者になりたかった北野武が、還暦を過ぎてから『アキレスと亀』を撮っていたりして、面白いなと思う。映画を見る予定はないけれど、こういう数学との関わり方には興味がある。

(追記) 北村さんの指摘で気付いたのですが 7619 は誤りで 7169 が正解でした。有り難うございます! っていうか、なんで判ったんだろう? 俺は小学生のときに友人たちと競い合って暗記したのですが、もしかして、そういうことかな。

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