対面20080909
カメラ屋のカウンター越しに店員と客が一対一で顔を向かい合わせるとき、両者は正面から向き合うことを半ば強制されていながら、同時に隔てられてもいる。人と話すときに相手の目を見るものだと誰しも一度は教わるが、俺を含めた多くの人々は目を合わせ続けることに堪えられず、机に置かれた自分の手、または相手の手元、もしくは相手をすり抜けた向こう側の景色に視線を移している。だが、真正面から人と向き合えないと悩み考えている時点で、誰よりも真摯に向き合えているということは、おそらく普通にありふれている。
人と人とが言葉を交わすときに必ずしも真正面に立つ必要はなく、その場に応じて位置関係や距離は可変であることが好ましいが、業務の省力化という一方的な都合のために、両者の位置は固定されるときがある。その代表的ではないが象徴的な例としてカウンターを挙げるとしようか。商品を精算するための場としては、本来、小さな机とレジが一つあれば事足りる。広さが足りなければ机を継ぎ足せばよいだけのことだ。据え置かれた幅の広いカウンターを置く必要性は、別のところに由来している。机より遥かに大きく堅牢なもの、それはつまり隔てるための堅牢さであり、ある一線を踏み越えさせない効果を持つ一方、適切な距離について思慮することから逃れるための装置でもあると思う。
距離という言葉を「間合い」に置き換えれば、より適切で解りやすいだろうか。間合いについて考えることなく、安全な場所に立って言葉を発するときに、その言葉だけは堅牢な机の向こうへ届いていることにより、却って安全ではなくなるときがある。踏み越えられないと思いこんでいたカウンターから、横を回りさえすれば容易に出入りできること、存在していたのが単なる心理的な障壁にすぎないことを思い知らされる。初めから何もなかったのだ。
客と店員が同じ売場に立って、言葉を交わしながら商品を見定めているとき、位置関係や距離はその場に応じて変化する。たとえば店員である俺の背後に客がいて、同じ棚を見ていたとしても、互いに考えているのは相手のことであり、向き合うことから離れた訳ではない。さらに言えば、向き合うために必要以上の言葉を連ねることはないし、無理をして引き攣った満面の笑みを浮かべることもない。ただ去り際の一瞬にでも視線が交差し、手から手へと品物が渡り、金銭の収受があったというほかに、何かしら感情の伝達があったと思えたなら、もはや真正面から顔を向かい合わせることに拘る必要もない。
ここまで長々と書いてきた、自分のバイト先でカウンターに立ってぼんやり考えていたことが普遍的かどうか判らないけれど、距離や位置や時機などといった「間合い」について考えるための材料として、俺にはとても印象的だったということで、書き留めておこうと思います。こういうのは一晩寝かせて読み返したりすると粗が目立ってしまい投稿できなくなるから判断力の鈍っている夜中のうちに書いてしまうのがよろしい。
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窓20080910
自分の知識が断片化してゆくような違和感に苛まれて、はてなブックマークとtumblrから全てのデータを削除した。同時に、自分のパソコンに貯めこんでいた、ネットで拾い集めた画像や文書などを、綺麗さっぱりと削除した。必要なものは頭のなかに残っているはずだから、データを消したと同時に存在を忘れるようなものは、さほど重要ではなかったということになる。
evenfall.orgというドメインを取得してから今月で六年になる。俺がサイトを閉じることなく休み休みでも続けてきたのは、このサイトが自分にとってはネットにおける居場所、つまり部屋のようなもので、この部屋の窓を通してしか外部(ネット)と関わることができないからだと思う。そういう訳なんで目下のところ、はてなダイアリーなどを利用する予定はないですよ。
過去にも何度か書いたと思うんだけど改めて書くとすれば、evenfall.orgというのは俺が十六歳のときに高校の廊下の窓辺からぼんやりと空を眺めていて、同級の女子から「何をたそがれているの」と言われ、そのまま俺の仇名が「たそがれ」となって定着したことに由来しています。
一枚目の写真は俺の部屋、二枚目は実家の台所、三枚目は愛知県の南知多町。
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自転車で出せるだけのスピード20080912
昨日から今日にかけて自転車関連で知った、対照的な二つの出来事がある。一つは、ランス・アームストロングが三十六歳にして現役復帰するという報道。来年のツール・ド・フランスに出場して八度目の総合優勝を目指すという。そしてもう一つは、競輪選手の内田慶が、レース中の事故により亡くなったという報道。
アームストロングが一度は精巣癌によって死にかけながらも厳しい化学療法によって奇跡的な復活を遂げ、ツール・ド・フランスにおいて前人未到の七連覇を達成、そして今度は二度目の復帰を目指そうとしている。一方、内田慶は怪我と闘うことさえ許されずに、転倒から数時間で亡くなってしまった。
今まで僕の自転車に対する興味は専らツーリングのほうに向いていて、競技についての知識をほとんど持っていなかった。聞いたことのある選手といえばアームストロング、インデュライン、中野浩一だけでしかなく、亡くなった内田慶のことは報道によって初めて名前を知った。無論、彼が競輪においてどのような活躍をしていたか知らないし、事故が起きるまでのレース展開についても何一つ知らない。唯一、顔を強打して動けなくなったという最期だけを、新聞記事によって知らされている。
トラックレーサーと呼ばれる自転車にはブレーキがついていないこと、フリーホイールもついていないこと、最高速度は時速七十キロに達すること、足はペダルに固定されていて自分では外せないこと、競輪について僕が知っている事実といえばこのくらいだ。安全のためにヘルメットを装着しているとはいえ、高速で転倒すれば致命傷を負うことは判りきっている。この危険性については競輪に限ったことではなく他の自転車競技も同様で、たとえばツール・ド・フランスなどのロードレースでは、ガードレールのない崖っぷちの道路を、時速百キロを超える速度で駆け下りるときがある。命が幾らあっても足りないほど危険と隣り合わせの競技に、身一つで自ら飛び込み、または投げ込まれている。
数百から数千キロを走破するロードレースにおいては、常に先頭を走り続けることが必ずしも重要ではなく、総合優勝のために全体を見据えた戦略を考える必要がある。一方、周長四百メートルほどのトラックを周回することで争われる競輪は、僅か数分のあいだに目まぐるしく状況が変わり、そこには選手たちの思惑だけでなく、車券を買った人々の声が投げ込まれる。布を張ったバケツに放り込まれたベーゴマのにように、狭いところで体を擦り合わせながら戦わされている彼らが、事故によって弾き出されたとき、誰が受け止めるのか。
少しのあいだ競技の話から離れて、僕自身が関わってきた自転車のことを書きたい。この文章の最初に付した「自転車で出せるだけのスピード」という言葉は、ある曲のタイトルから借りている。そして僕が自転車に乗り始めた八年前から昨年まで、ずっと追い続けてきたことでもある。自転車用のスピードメーターを取り付け、車道の真ん中に出て、長い下り坂をトラックやオートバイなどと並走していた。軽快車では時速五十六キロ、ランドナーでは時速六十四キロ、マウンテンバイクでは時速七十八キロを出した。もしも転倒すれば確実に死ねるとは解っていながら、速度を抑えようとは考えていなかった。ただ、自分の脚だけでは決して届かない、車輪に頼らなければ出すことのできない速度に達したとき、その向こう側に何か見えるものがあると確信していた。生き急いでいた訳ではなく、死にたかったのでもない。スピードを追い求めていれば達することのできる境地があると考えていただけだ。
アームストロングがの復帰が「癌に対する社会の関心を高めるため」というのは半分くらい本当かもしれないが、しかし口実に過ぎないんだろうと思う。自転車に乗りたいから、再び乗り始めるだけだ。有り余るほどの賞金と栄誉を手に入れた彼にとっては、無報酬でツールに参加するなどは大したことでなく、逆にいえば、自転車から降りてしまっては生きていけない、ただそれだけのことなんだろう。脚の代わりに車輪があり、心臓を補うための太腿を持つ彼らは、血を巡らせるために断えず走り続ける必要がある。一度走り始めてしまえばクランクの回転数が限界に達するまでは加速を止めることもできない。
落車して亡くなった内田慶と、癌を乗り越えて走り続けているアームストロングと、車道を猛スピードで駆けていた僕が、実際の走行時には生死に関わる危険についてなど考えは及ばずに、ただ走ることだけを考えていた。言い換えれば、生きること以外には考えもしなかった。死について考えるのは死にかけたときだけで、アームストロングの場合はそれが癌だったし、僕の場合は交差点で軽トラックに撥ねられたとき、そして内田慶の場合は接触して前方に弾き飛ばされ、顔面からバンクに叩きつけられたときだっただろうか。
多分、競技の安全性について配慮できるのは主催者側でしかなく、選手は規則の範囲内において走り続けるだけだ。誰もスピードを緩めるはずはないし競うことを止めることもできない。「自転車で出せるだけのスピード」のあとには「風さえも追い越した気がした」と続いているが、どれだけのスピードに達すれば風と並走できるのか、向かい風のときにはどうすれば、と考えてしまうと、これ以上、彼らを追って走ることはできない。自転車に取り付けていたスピードメーターは外してしまった。彼らが相変わらずの猛スピードで遠ざかっていくのを見送るほかない僕には、結局、彼らが到達しようとしている場所の在り処を知ることもない。それでも構わないと思う。
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散歩20080914
言ってることがコロコロ変わる人というのは、つまり、常に物事を考え続けているんだから、悪いことじゃないんだよ――という言葉を何で読んだのかすっかり忘れてしまったけれど記憶している。ついこのあいだ写真の色について短文を書いてみたが、あれって要はホワイトバランスの話だと思うので、晴れた屋外で撮るときには光源を太陽光の設定にしておけば、あとは何にも考えなくていいんじゃねっかなと今日思った。
花から花へと飛び回って花粉を集めているらしい蜂に、広角レンズを持って近付くと、危うく刺されそうになった。
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世界一周20080916

shuutakこと周藤卓也が一晩だけ埼玉のアパートに泊まっていった。山小屋での二ヶ月近いアルバイトを終えてから、あちこちで慌ただしく人と会っている。現在は一時帰国中だが、そう遠くないうちに再び中国から走り始め、ユーラシア大陸の横断に挑むらしい。
自転車世界一周の「世界」って何、と訊ねたときに、周藤君から返ってくる言葉は「百ヶ国、十万キロ」という数字でしかなく、あまりに漠然としているようでもあり、これ以上に明瞭な答えはないようにも思える。俺より一つ年上、二十五歳の周藤君が、一つの区切りとして三十歳までには走り終えたいという。多分、これから五年間で積み上げたものを、三十代になってから少しづつ解釈していくんだろうな、今は深く考え込んでしまえば動けなくなるから、走り続けていたほうがいい。発泡酒を三缶も空けて、俺は、酩酊した頭でそんなことを考えていた。
就職もしないで何をやってんだろう、と世間からは奇異の目を向けられるかもしれないが、職に就いたからといって軌道に乗れる訳でもない。移動手段に自転車を選んでいる時点で、そもそも軌道には乗ることができない。だけど自分の脚で何年間も移動し続けながら世界を見てきた人間が、何も得られないはずがない。こういうことを面と向かっては言えないから日記に書いてんだけど、あのー、あなたはとんでもなく凄い人間だ。俺より何倍も大きく見える。
昨日は二年と九ヶ月振りに会った。次に会うのは三年か五年後あたりだろうか。日東キャンピー(脆いことで有名な自転車用キャリア)は壊れたって溶接して直せるけれど、体はそういうわけにもいかないから、死なない程度には気をつけて旅行を続けてください。
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物事20080918
仕事について昨日から考えている。大学の通信教育部を卒業するまで今のバイトを続けるのか、または、学業を続けながら正社員として就職するのか、あるいは、他に何か方法があるのかどうか。二年後か三年後には考えよう、と問題を先送りしていたことについて、昨夜、それでは手後れになると覚った。仮に、大学を卒業できずに二十代後半で世間に放り出されたとしたら、何の特技を持ってもいない僕が、何者になれるだろうか。
薄々と気付いてはいたけれど、僕がいつか何者かになりうる、というのは不確かな幻想でしかない。僕はこのまま何も変わらないというところから始めたい。自分から生み出される言葉や文章が移り変わったとしても、結局、一人称の自分からは離れることができない。自分が変わらない、離れられないということの強固さが、快いのだと思った。
たとえば印刷工場で働く自分を想像している。朝から夕方まで印刷機と向き合い、入稿されたデータと、出力される大量の印刷物とを見比べる。僕自身は何も変わらないのだが、情報という不確かなものが変換されて、物質となる過程を見届ける。それが絵本であるのか雑誌なのか判らないが、印刷物として据え置かれるものになり、誰かの手に触れることになる。この一連の流れが、多分、快い。
だいたいどんな仕事であろうと、ある物質に対して付加価値を与えることで成り立っていると思う。その付加価値が無意味でさえなければ、僕はどんな仕事に就いてもやっていけると考えている。逆に言えば、訴求できるのが単に安値であるというだけだったり、価値を付加することが許されていない状況では、きっと長くは続かない。
何気なく価値という言葉を持ち出してみたが、ふと、自分には存在価値があるだろうか、と面白みのない問いを思いついた。そんなものは初めからなかったし、多分、これからもないんだけれど、価値や意味のない自分というやつが、物事に意味を見出そうとしたり、価値を生み出そうと試みている、この状況が僕にとってはただ快いのだと思った。物が在ることと、それについて語られることが切り離されているから、僕は書き続けることができる。
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土曜日20080919

ジョン・クラカワー『荒野へ』を元にした映画『イントゥ・ザ・ワイルド』がいつのまにか上映されている。今年初めに映画化の件を知ってから期待していたのに気付かなかった。明日の午前には関東地方に台風が来るらしいから映画館が空いていればいいが、新宿が人で溢れかえっていないときなど見たことがない。
映画を見終えてからは高田馬場で人と会う。何を話せばいいのかよくわからない、というか、話したいことは山ほどあるけど言葉にならないかもしれない。台風が来ているから天気の話をしようと思えば、気象衛星とか富士山測候所について語ってしまいそうだ。実際、最近は異常気象ですねと言われたときに、いや、そもそも気象庁が定義する異常気象というのは過去三十年間の観測値から大きく外れることであって、と話してしまった経験がある。
……なんてことを今から心配しても仕方がないだろう。本当はとても楽しみだ。
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道具20080923

一眼レフが二台と、交換レンズ二本、CFカード、フィルム等々の機材を、すべて売り払うことにした。速い車に乗っている人間が、自分の脚でも速く走れるとは限らないのと同様に、立派な道具を持っている人間が立派な訳ではない、ってことは理解してたはずなのに、いつのまにか気が抜けて忘れかけている自分が嫌だ。たくさんの物を器用に使い分けることと、視野を広く持つということは多分違う。小さなカメラを一つだけ残して、もっと視野を広げられるように試みる。
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彼岸20080924
彼岸の中日だった昨日、実家へ行き、墓参りをして、帰りの車のなかで親父と話をした。今後の方針について正直に話したとしたら、呆れられるか殴られるかするのではと懸念していたけれど、意外にも納得してもらえた。流されて決めている訳ではなく、ちゃんとした考えがあってのことで、現状においては最良の選択だと俺は考えている、それが伝わったみたいだ。
大学の通信教育には在籍を続けながら、来年の春から正社員として働くことにする。就職時の学歴としては「高校卒、大学四年次に在学中」となるのが妙だけれど、働きながら卒業を目指すことを理解してくれる会社に巡り合えればいい。希望する職種もおおかた定まってはいるが、これについては仕事が決まってから書きたい。
墓参りをしたのは二年前に祖父が亡くなったとき以来だった。最近五年くらいで親戚が何人も立て続けに亡くなって、俺は未だに死というものを実感できないけれど、両親が相当に打ちのめされているのは感じ取っていた。そこから緩和されるか、もしくは増幅されたものが、親から子に伝わっている。親から溢れた感情が五人の子どもたちに伝わり、俺は受け止めているつもりだったが、吸収しきれずに滞留しているものは未だにある。桶に溜まった水に起こる波がいつまでも反射し続けるように、狭いところで傷つけあっている。時々実家に帰ると、夜中に散歩しながら、親父が溜め込んでいたものを吐き出すことが多い。
何年も気の休まらないときが続いていた親父は、話を聞いて少しだけ安心したようだった。これからの俺が、自分のしたいことを優先はしながら、誰かに嘘をついたり裏切ったりはせずに、誰かを安心させられるように生きていたいと思う。
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彼岸花20080926

ヒガンバナには葉がなくて茎と花だけだってことに今さら気付いた。埼玉では巾着田の群生地がとくに有名で、西武鉄道が大々的に宣伝したおかげで大観光地になったけれど、なんとなく違和感がある。僕にとっての巾着田は、川原でキャンプやバーベキューをする場所だ。
薄暗い神社の境内に咲いていたヒガンバナを撮った。こうやって見ると少し怖いな。一方、巾着田に群生しているヒガンバナと、それを眺める人々の顔は明るく、多少の違和感はあるが、なんとなく安心する。
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足りないもの20080929
欠けているところがあると 誰もが皆 充たされる
わずかにある わだかまりも忘れて(羅針盤『足りないもの』)
自分に欠けているもの、足りないものを補うために、何かを探してこようと考えたときに、何が自分に足りないのか解らないから困っていたんだと気付いて茫然とする。自分のどこかが欠けていることは認識しているから、無理をして埋めようと思わなければ、いつまで経っても、そこは空っぽのままで変わらない。開いた傷口をそのままに放置するような真似はしたことがないけれど、おそらくそれに近い感覚はあって、時々、疼痛が起こる。
自分に足りないものを持っている誰かがいたときに、その人と関わりたいと思い、関わったところで自分がすぐには変わらないと解っても、それで構わないんだと考えた。たとえば俺が嘘ばかり話している人間だとすれば、俺は本当のことを言いたいと願い続けながら、暫くのあいだ嘘を言って生きていればいい。表に出すことよりも内側で考えていることのほうが大切だ。本当のことを言いたいと考えなくなるほうが、深刻な結果になると思う。たとえばの話なんだけどな。
足りないものがあるから補いたいと考えたり、他人と関わりたいと思える。欠けているところをそのままにしていられるほうが幸せかもしれないなんてことを、羅針盤の曲を聴きながら考えていた。最近何日か、この曲が頭のなかでリピート再生され続けていて、ぼんやりしていたから、大した意味はないけれど書き留めてみる。
大切なことだけ なぜか上手く 抜け落ちてる
(羅針盤『足りないもの』)
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