ノート 14この記事を はてなブックマーク に追加この記事を はてなブックマーク に追加

2007.7.15 Dalton Highway MP257 ― MP414 Prudhoe Bay 251km ヒッチハイク
2007.7.16 Prudhoe Bay ― Anchorage 1020km 飛行機
2007.7.17 Spenard Hostel International, Anchorage 誕生日
2007.7.22 Alaska Backpackers Inn, Anchorage
2007.7.26 Anchorage ― Seattle ― 成田 9706km 飛行機

 一年前にアラスカで書いていた日記を、押入れから見つけたのは今年の五月三十日だった。このノートを見つけたときの心境を、俺はノートに書き加えており、今さっき読み返して懐かしい気持に浸った。恥を忍んで、その断片を書き写してみる。

内省的に自分自身とばかり向き合っていると思っていたが、それさえ中途半端だったようだ。ネット越しの繋がりには実体がなく、身体性が消えゆく不安がある。何かを発信した結果として、返ってくるものを受け取るならいいが、何かを探しに行くのは違うような気がする。久々にノートに日記を書いてみる。部屋の壁、机、ノートなどの平面に向かう。奥行きは要らない。他の何処へも行かないし、この部屋から動かない。自分の手を動かして紙に文字を綴ることで、取り戻せるかどうか

 他人に伝えるため書かれた文章ではないから文章は破綻しているけど、言いたかったことはなんとなく理解できる。他人に伝えたいことって何だろうかと考えてみて、未だよくわからないけれど、自分が自分に伝えたいこと、あるいは自分に伝えてほしいことを考えればいいと思う。

 旅行記の続きを書くことにはもうあまり意味がない。北極海沿岸のプルドーベイに着いてからはすぐに飛行機に乗ってアンカレジに帰り、帰国までの十日間をぼんやり過ごした。二十三歳の誕生日を迎えたときは冷凍食品のアップルパイを食べ、Spenard Hostelの裏庭に張ったテントで眠った。ダウンタウンのBP Innに移ってからは毎日街を散歩したけれど、ベッドに座って読書したり、文章を書いている時間が長かった。

 アンカレジを離れる前の四日間、たくさんの魅力的な人間に会い、彼らと話をした。そして考えたことについてノートに書き綴った三万字近い文章を、今になって読み返すと俺には面白いけれど、他人に伝わることは多分、何もない。今こうして文章を書き散らしている自分は、誰に何を伝えようとしてんだろうか。書き綴ることには何ら意味がない。何故、書こうとするのか。

 何もかもが解らない、と思いながら今日もカメラ屋のバイトに行き、仕事が終わると、段ボールの切れ端に大きく地名を書きなぐった。この段ボールを職場の人に見せ、明日から一週間ほど旅行してくる、高速道路の入口に立って、これを掲げるのだと話した。いつもはあまり喋らない俺がおかしなテンションになっているから、呆れられるだろうなと予想していたのだけど、店長が思いがけない言葉を発した。「俺も昔、京都まで自転車で走ったことがあってね。若いうちに何かを掴んでおいでよ」と言う。

 自分がここに在ると確認するために人と話し、文章を書き、写真を撮り続けていると思う。確認する手段の一つとして旅行があり、自転車旅行という行為自体が目的化されてはならないし、無論、称揚される対象ともなりえない。二十四歳となった自分が明日からヒッチハイクで旅行することも単なる手段に過ぎず、行為自体には大した意味がない。ここまで長々と書いたことを一言で表現するなら、俺は誰かと話をしたい、というだけだ。だからもう旅行記とか日記とかはどうでもいい。また来週。

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