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 森林の北限を過ぎ、ノーススロープ郡に入り、自転車が壊れて、旅行が終わる。

2007.7.14 Dalton Highway MP180 ― Wiseman ― MP221 81km
2007.7.15 MP221 ― Atigun Pass ― MP257 58km

 前日に会った夫婦が「良い村だ」と話していたワイズマンを訪れる。ハイウェイからは西に五マイルほど離れていて若干の回り道になるけれど、回り道をするだけの意味があった。ゴールドラッシュで栄えていた百年前には四百人の住民がいた村に、現在では二十人ほどが暮らしている。

 Wiseman Museamと看板の掲げられた小屋に入ると、綺麗なお姉さんが「ハロー」と言った。日本から旅行に来ていると話すと、彼女は棚から一つの小冊子を取り出した。この土地で百年前に暮らしていた日本人、フランク安田について書かれた英語の文章だった。飢餓に襲われたポイントバローの住民二百人を引き連れて厳寒のブルックス山脈を越え、ユーコン河畔にビーバー村を開いた彼の功績は、新田次郎『アラスカ物語』に詳しい。お姐さんは両手を振って「He walked, walked」とその場で足踏みをした。小屋から出ると自転車に乗った三人の幼児が遊んでいる。お姉さんの子どもたちだった。一番小さな女の子がトリックを見せてくれるといい、自転車のサドルに両足を乗せながら走ってみせた。

 Trading Companyという古くて雰囲気のいい店があった。ゴールドラッシュ時代の一九一〇年に創業し、現在まで細々と営業しているようだ。店内に置かれた沢山の雑貨は、ほとんどが展示品のため購入はできないけれど、よく冷えたコカコーラやチョコレートバーなどが一個一ドルで売られていた。無人の店内には"HONOR SYSTEM" "PUT $ HERE"と書かれた瓶が置かれており、合計九ドル分の食料を買って紙幣を瓶に入れた。土産物のシャツに書かれた文章を気に入り、ノートに書き写した。"If you haven't been to Wiseman, you haven't been to Alaska."

 村を離れると、冷たい雨が降り始めた。名前も判らない小川のそばにテントを張って、離れた場所で傘を差しながら食事を作る。雨のなかでクマは匂いを嗅ぎつけるのか判らないが、用心に用心を重ねても安心はできなかった。湯が沸いたらスパゲティを入れ、蓋をして火を止め、ふやけた頃にコンソメを入れて掻き混ぜる、ただそれだけの質素な食事だが何よりも旨かった。テントに入ると、湿気でふやけ始めたノートに、この日記を書きなぐり、枕元にベアスプレーを置いて眠る。右膝が少し痛い。

 熟睡したのか全く眠れていないのか、日が昇ったのか昇っていないのか、今が何時なのか、何も判らなかった。雨のなか再び傘を差してスパゲティを大量に茹で、ツナを投入して大量に食う。吐く息が白く、とにかく寒い。右膝の痛みは治まらなかった。歩いたり走ったり、立ち止まったりを繰り返しながらFarthest North Spruceに到着。この辺りに生える木々はみな幹が細く、若いように見えるが、樹齢二百年を超えているものが多い。年輪がぎっしりと詰まっている。熱湯にスキムミルクを溶かしたものを啜り、スパゲティも大量に食うが、ただ旨いばかりで体はちっとも温まらない。

 十パーセント、十二パーセントといった急勾配の道でペダルを漕ぐことは諦め、ひたすら歩き続けた。苦しいことに直面すると自分は真逆様に不幸へ落ちていくように思われて、抜け出せなくなる。世界中のサイクリストたちが僕と同様に、あるいは僕以上に困難とぶつかっているはずだが、きっと彼らは乗り切ったあとに「I made it!」と叫んで笑顔を振りまくだろう、だけど自分はそうはいかない、乗り切ったあとには脱力して眠ってしまい悪夢を見るだけだ、こんな旅行はくそくらえだ、荷物も自転車も泥にまみれて砂を噛んで何が楽しいのか、坂を上りきれば天国かもしれないが、ここは地獄だ、もう止めたい、辛い辛い辛いなどと脳内で毒を吐きながら自転車を引き摺ってなお歩き続ける。

 坂を上りきったところには天国に多少近いような景色があった。Chandalar Shelfと呼ばれる平坦な谷底にThe North Fork of the Chandalar Riverが蛇行して流れ、それと並行するようにハイウェイが雲のなかへ続いている。這い上がったと思った場所が未だに谷底であることには少しだけ萎えたが、荒んだ気持を宥めてなお余りあるほどの景色が展開していた。緩やかな勾配の谷底平野を奥まで進み、最後の急坂に差し掛かると、再び気持はどん底まで落ちていった。僅か四キロの距離で五百メートルの標高差を上る、気を抜くと自転車が後ろに摺り下がるほどの坂道を、病人のような足どりで進み、三時間かけて乗り切った。

 手がかじかんで手袋をなかなか外せない。雪渓を撮ろうとカメラを構えたが低温のために電源が入らなかった。ようやくブルックス山脈を越え、ダルトンハイウェイの最高地点、大陸分水界のAtigun Passに到着。峠を境として唐突に植生が変わってしまい、緑・黄緑・赤茶などの色鮮やかなツンドラは異世界と思われた。その異世界のなかへ慎重にブレーキを掛けながら下りていき、時々すれ違った自動車には笑顔で手を振った。僕が高校の頃から七年かけて膨らませてきた妄想のなかでは、ブルックス山脈の北に広がる広大なツンドラ、ノーススロープ郡が天国のような場所として描かれていたのだけど、本当にここは何もない、丈の低い植物が生えるばかりの広大な土地で、けれど妄想ではなく地に足を着けて走っている。いつしか膝の痛みも忘れてしまって僕は砂利道を暴走した。雨は上がったが未だ泥濘んでいる道を突っ走り、撥ね上げた泥がチェーンに絡まると、時々立ち止まって歯ブラシで泥を落とした。

 ガギャン、と強烈な音をたてて後輪がロックした。自転車を降りて点検すると、ディレイラーがスプロケットから外れて車輪のスポークに突っ込み、めちゃくちゃに絡まっている。アルミ製のエンド金具が折れ曲がり、元の位置にディレイラーを押し戻すこともできない。ネジを回してエンドを外すと、弛緩したチェーンとディレイラーが垂れ下がり、これは変速機が完全に死んだことを意味していた。残りの距離をシングルギアで進むことは体力的に難しく、自転車の機構にも無理が掛かる。

 道路の端に自転車を停めてしばらく考えた。遮るもののない広野で、寒風に晒されながら考えたけれど答えは出ない。遠くからエンジン音が聴こえ、そちらを見遣ると、一台のピックアップトラックが近付いている。深く考えないまま無意識に右手を挙げ、やがて両手を大きく振って「おーい」と叫んだ。老夫婦の乗った車が、僕の前まで来ると静かに停まった。

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