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traffic controller

2007.7.5 Nenana ― Fairbanks 90km

 六十キロも続く丘陵地帯に疲れ果てたが景色は良かった。ハイウェイを建設したジョージ・パークスの記念碑に “I pissed on the monument!” などと落書きがされていてゲンナリしたが、どんな土地にも馬鹿者はいるのだから仕方ないことだ。丘陵を越えると、日本では考えられない規模の片側交互通行に出合った。写真のオッサンいわく三キロくらいだという。危ないから自転車ごとトラックで運んでやる、クッキーは好きか、ほら食べろ、とオレオを何枚か寄越した。成る程オレオとはアメリカの食い物だったのかと感心する。黒人女性の運転するピックアップトラックに乗せてもらった。短い夏のあいだアラスカに来て道路工事で稼ぐらしい。

 写真家の星野道夫が暮らしていた町、フェアバンクスに着いた。高校のときから七年越しの夢を叶えたことになるが実感は涌かない。極北とはいえここはアメリカで、モータリゼーションの国なんだと思った。片側三車線の大きな道路を大きな自動車が行き交い、段差の多い歩道をよろよろと自転車で走っていると、めったやたらと悲しくなる。これは何事につけても悲観的な性格である俺にしか多分当てはまらないのだが、無機質な冷たい町というのが正直な第一印象だった。幸か不幸か、これはあとで覆ることになるのだけど。

 ガイドブックで調べたBoyle's Hostelを訪れると、少し待っててもらえないかと髭のオーナーがいい、なぜだか一人の老女の前に連れて行かれた。「おれのママだ」という。大きな体を椅子に乗せてほとんど動かずに、顔だけをこちらに向けた。ゆっくりと呼吸をする度に、ゼー、ヒューと喉から音を鳴らし、眠たげな表情を見せる。「こいつは日本から来たんだが庭にテントを張らせてもいいか」と訊かれ、少し困った顔をして首を横に振った。あまり歓迎されていないのだろうか、参ったなあと思っていると、髭のオーナーが外に出るよう促した。「済まないな、残念だが君のガイドブックは古い情報を載せていたみたいだ」といった。以前はテントサイトもあったのだが閉鎖しており、けれども母親に掛け合ってくれたのだ。「近くにべつのホステルがある」といって電話を掛け、ピックアップトラックの荷台に自転車を放り込んだ。

 アラスカを走っている自動車は、後部に大きくTOYOTAとかNISSANなどと書かれている。全体の三割ほどがピックアップトラックで、錆び付いたような古いものが多い。乗せてもらった車にはTOYOTA TUNDRAと辛うじて小さく車種が書かれていた。勿論ツンドラのことだが、英語ではタンドラという発音になる。この車はトヨタじゃないか、トヨタはメイドオブジャパンではないかと話しかけると、髭のオッサンは歌うように「やまはー、かわさきー、ほんだー」といった。

 連れて行かれたのはダウンタウンから少し離れた位置にある住宅街だった。庭付きのやたらと広い邸宅が建ち並ぶなかにBillie's Backpackers Hostelはあった。ホステルから出てきたおばあさんと髭のオッサンが二言三言喋ると、荷台から自転車が下ろされ、オッサンは去っていった。よくわからないが俺はここに泊まるらしい。おばあさんに三泊すると告げて宿代を払い、建物のなかを案内された。ロビーに置かれた本は自由に読んでもいい(英語だけど)、キッチンやシャワーも好きなように使っていい、インターネットも無料だという。テントなら一泊で十六ドル、当時の為替相場で二千円。ここまでに泊まってきたキャンプ場や野宿よりは高いが、しかし快適そうだ。

party

 パソコンを使っている坊主頭の人がいた。肌の色からして東洋の人間だろうかと思い、画面をチラッと見たらmixiだった。日本人である。しかも話してみたら自転車旅行者だった。ほかにもアラスカ大学フェアバンクス校で聴講している日本人女性が滞在しており、やあ、日本語が話せる、めでたいなあと三人で固まってしまった。最初に案内してくれたおばあさん、ビリーが、冷蔵庫から牛肉を出して、あなたたち三人で食べなさいといった。

 庭ではテーブルをつなげて食事会が始まっていた。南米から自転車で走ってきたドイツ人とスイス人のカップルが、明日、最終目的地である北極海にいよいよ出発する、そのお祝いをしているのだという。宿に泊まっている人々がわらわらと集まってきて肉やソーセージを焼き、サラダなどを好きなように盛って食べていた。俺も好きなように料理をとって食べる。ここまでずっと一人で黙々と走り、一人で食事していたのだが、いまは人々に交じって笑いながら食べている、よくわからないな、素直に喜んでいいものかと思いながら食事を終え、芝生に張ったテントに引き籠もった。旅行しているのに引き籠もりとは一体どういうことなんだろう。

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