乾いた雑巾を絞る20080612

秋葉原の事件が起こった日曜日は、朝から、大塚公子『死刑執行人の苦悩』を読んでいた。ルポルタージュとしては慎重さを欠いたと思われる表現が幾つか見られたのは残念だったが、刑務官からの聞き書きはそれ自体が貴重でもあり、俺にとって知識面では意義のある本だった。
乾いた雑巾を絞るという言葉は、トヨタ自動車の「カイゼン」(改善)における標語みたいなもので、乾いたように見える雑巾であっても絞れば多少の水が出るように、飽くことなく合理化を追求するというような意味合いを持つ。秋葉原事件の加害者、加藤智大はトヨタの下請け工場に派遣されていた。勿論、彼の犯行がカイゼンと直結はしないけれど、これ以上は反社会的行動に出るより仕方ないという閾値に達するまで、日々、乾いた雑巾のような自身を絞り続けていたのはおそらく確かで、その閾値がいくらか常人より低かったために絞れない雑巾を破いてしまい、自己破壊へ繋がっているように思う。
乾いた雑巾が破れたときに内へ向かえば自殺、外に向かえば他殺、と単純には割り切れない。加藤智大が沼津市から秋葉原に向かう途中、派遣先の同僚に裾野市で会い、ゲーム機とゲームソフト数本を渡していて、加藤は「使わなくなったので、あげれば喜ぶと思った」と供述しているらしい。これと関連して思い出したのは、最近続いていた硫化水素自殺において、周囲を巻き添えにする自殺方法を選びながらも「危険、近付くな」の張り紙をしていた人々のことだった。犯した行為の重大さと相反するような、その些細な思いやりは何なのか。
今年に入ってから死刑判決の下された、印象に残っている事件が二つある。長崎市長銃撃事件と、光市母子殺害事件だ。前者では殺害されたのが一名であり、また初犯であるにもかかわらず、民主主義への冒涜だとして極刑となったのが未だに解らない。懐疑的な論調をとるマスメディアが皆無だったことも不可解だ。後者については、法廷における加害者の異常な発言が取り沙汰されながら、彼の異常な生い立ちが報じられなかったことが気にかかる。
光市事件の元少年が幼少時から父親に虐待を受け続けていたこと、小学生のときには母親が天井から吊り下がって死んでいるのを茫然と見ていたこと、高校のときには父親に鼓膜を破られたこと、これらの生い立ちがもしも報道されていたなら、あるいは百八十度とは行かないまでも世論が多少の転回を見せていたのではと思う。今さら取り返しのつかないことであり、おそらく彼は吊り下げられて母親と同様に死ぬけれど、取り戻せないのは被害者本人や遺族の側も同様で、誰も救われないし生き返らない。
ただ、加害者の誰も、自分や他者を殺すことだけ考えていたのではなかった。気が狂っていたために犯行に及んだのでもなく、たとえば深川通り魔事件の川俣軍司のような人を除けば、判断能力が欠けてはいなかったはずだ。たいていは犯行後、我に返って自らの犯行を悔やむ。あるいは犯行を思い立ちながらも思いとどまる者と、実際の犯行に及ぶ者とに分かれるのは、罪を犯したかどうかという事後的な検証、その一点でしかないように思う。自身の判断について自覚的であるのは、自省としてしか有りえない。
犯行後、長い裁判と勾留の末に、死刑判決が下され、ただ死ぬのを待つことになったとき、何を考えて過ごすのか。『死刑執行人の苦悩』には独房で小さな文鳥を飼う死刑囚の話が紹介されている。社会からは疎外されていた者が、自分にまとわりついて離れない文鳥と心を通わせるうちに、ようやく人間らしさを取り戻す。取り戻したところで社会に復帰できるでもなく死刑は執行されるのだが、それでも何も変わらないよりはいい。このエピソードは一九六〇年代のことで、現在の死刑囚はあらゆる自由を制約されて淡々と死を待つだけの日々を過ごすらしい。乾いた雑巾を絞り続ける。
光市事件、秋葉原事件ともに、最終的には死刑が確定するものと思われる。誰もがそう望むのだから仕方ないが、本当に救いがたい不幸でもある。当り前だけど人間は乾いた雑巾などではないから、絞ったところで何も出ないし、そもそも絞るものではないはずだ。何より先に、人間を雑巾扱いする人々がいてはならないのだけど、そちらを叩くよりも雑巾を捨てるほうに目を向けている。別の新しい布切れを雑巾に変えて、また使い始める。犯人に対して非人間的だという前に、雑巾ではなく人間扱いをすべきだ。乾く前に水を与えていればよかった。
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