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Glenn Highway

2007.6.30 Anchorage ― (Glenn Highway) ― (George Parks Highway) ― Wasilla ― ?

 三日分ほどの食料を買い、グレンハイウェイを北に向かって走り始める。ハイウェイとは日本でいうところの幹線道路であり、通行料金は取られないが、自動車はみな百キロ近い速度を出している。歩行者と自転車は進入禁止(pedestrians and bicycles prohibited)と書かれた標識が立ててはあるが、歩道の途切れた場所では路側帯を走ることになる。ピックアップトラックが警笛を鳴らしながら猛スピードで追い越していく。この国では日本以上に自転車の肩身が狭いようだ。

 道端に停まってスポークの張り具合を調整していると、マウンテンバイクに跨った数名の兄ちゃんたちに挨拶された。どこまで行くのか訊かれてフェアバンクスと答えると、握手を求められた。信じられない、クレイジーだという。必ずしも俺は敵意を持たれてはいないんだな、と当り前のことを思った。

 午後八時、ワシラに着き、湖畔の公園にテントを張った。まだ昼間のように明るい。小学生くらいの子ども二人に手伝ってもらい、少し話をする。地図を見せながら身振り手振りを交えたが、互いに半分ほどしか通じない。しかし愉快な気持になって飯を食い、寝袋に入った。前日もあまり眠れなかったが、ようやく熟睡できると思った。うとうとし始めたころに子どもの声が聴こえ、テントを叩く音がする。

 少し焦った表情をして彼らが話すことには、ここでのキャンプはよくない、あなたは逮捕されるかもしれない、と手錠をかける手真似をする。きっと、妙な旅行者が公園にいると親に話したのだろう。親切心で言われているのは解るが、すでに日も傾いている。もしも警察が来たら話してみるよと子どもたちを説得して再び眠りにつくと、まもなくsecurityの腕章をつけたオバサンが現れた。荷物をまとめて出て行けと怒っている。もう午後十時半だ、どこへ行けというんだと俺も怒ってみるが、通用しなかった。

 ワシラの町を出て、パークスハイウェイを走った。適当な空地に泊まれはしないかと探してみたが見つからず、一時間以上もだらだら走り続ける。雨がぽつぽつと降り出し、雨合羽を着る。このまま朝まで走ろうかと自棄を起こしたくなるが、その体力もなく、辺りに人家のない寂しいところで歩道にテントを張り、濡れた体で寝袋に入る。時々、大型トレーラーが轟音を立てて通り過ぎていく。日付が替わり、七月が始まった。

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