黄道記20061004

予算を使い果たして帰宅の途についた。米と鯖缶で過ごした一ヶ月、時々入る食堂では注文してないものが出てきて、苫小牧では烏賊の唐揚げと茹でトウキビ、雨と濃霧の日勝峠では温かな牛乳、これらをなんだか素っ気ない表情で出されると嬉しいのか傷ついたのか判らない感情になる。ただともかく旨かった。
妙な意味での向上心なのか峠越えが好きになって、毎時七キロの速度で登り、雨でいつスリップするか判らない道路を五十キロ超で駆け下りる。旅行中の睡眠は五から七時間程度で、どこから体力が涌いていたのやらと思うけれど、そういえば道路を主とした視界は疲れ眼のせいか黄色に霞んでいた気はする。いや、フィルターのせいか。
実家に着いた翌日にはもう安全帯を腰に着けて高所作業のバイトをしていた。九月に自宅へ帰ると新聞配達を始め、毎朝一時半に出勤、六時に退勤、九時から十八時まで学校、十九時に就寝というような生活になった。それは今も続いていて、暇を見つけて本を読み、根菜と納豆に偏った食事を作り、一応は生きているけれど目的を見失って錯乱するときも時々ある。人はこんなに働く必要は無いように思われる。現在はソローの『森の生活』を岩波文庫で読んでいて尚更そう思う。矛盾を感じつつパソコンの壁紙をDalton Highwayに替えた。
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20061006
関東大雨でも新聞配っているよー。寒いよー。気が滅入るので新しい駄洒落を考えながら配っていた。たぶんそのせいで不着が一件あって凹んだ。駄洒落といっても元の歌詞が「君が涙のときには僕はポプラの枝になる」という中島みゆきの歌を「君が涙のときには僕はモスラの餌になる」に替えただけである。一応は韻を踏んでいるがしかし中学生並みの頭だ。
中学生のとき堀江貴文は新聞配達を二年間やって不着が皆無だったらしい。六十部だけとはいえ凄いことだと思う。自分は一ヶ月やって不着の無い日がほとんど無いくらいだ。本紙と諸紙を合せて四百二十部だけどそろそろ覚えても良い頃だと思った。
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20061017
部屋に置いていた荷物の半分を捨てた。衣服の半分、本を半分、雑貨も半分という具合で処分すればいい。目標としては更に現在の半分に減らしたいと思うけれど、これ以上に要らないものを探すとなれば真っ先に『俺』が挙がるおそれがあり、いやそれは違うと頭を振り回しながら今朝は二つあった物干しの一つを捨てた。衣服の量が半分になれば物干しも半分で済むことになり、収納用のプラスチックの箱も不要になる。
未だにある沢山の読み終えた文庫本は、カバーを無くしていて殆どがブックオフには売れない。いつも読み始めて間もなく剥ぎ取ってしまうから当然とはいえ、処分時のことを考慮すれば、別に保管しておくべきだった。これらの本は勿体無いけれども古紙回収の木曜日に出すほかなく、部屋の掃除にあたっては勿体無いは禁句であると思う。物に執着することを止め、理想としては面白半分に捨てたい。
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文明開化20061021

引っ越して九ヶ月目、十四型のテレビデオが手に入った。写真の味噌が一キログラムだから、どんなにテレビが巨大か判るだろう。あと、冷蔵庫よりも大きい、というか冷蔵庫が小さすぎて牛乳さえ入らない。愉快だ。
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20061030

検索語「タウンメイト」でここを訪れた方々の為に何か書きたいのだが、何を書けばいいだろうか。オイル交換には十七ミリのメガネレンチを使うとかプラグの型番がC6HAとかは有用な情報かもしれない。荷台には灯油缶を載せても大丈夫、去年みたいに徒歩二十分かけて運ぶ必要はないというのは個人的なことです。普遍性は有りません。肩が外れるかと思いました。アパートの廊下に灯油を撒いたのも俺です。今年はやりません。
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