麦湯店20060523

四月に入って自販機から一斉に姿を消した「あたたかい」飲み物が、先週あたりからちらほらと戻り始めたことが愉快。やはり寒い日が続いている為だろうか。かつては盛夏になれば東京の万世橋あたりに熱い麦湯の屋台が出ていたのだから、気温にかかわらず一年を通じてあたたかい飲み物に需要はあると思うのだけれど、ここでいう「かつて」とは明治初期の話であるからつまり現在は需要が無いのだろう。寂しい限りだ。ちなみに万世橋は現在の秋葉原電気街から近いところにあり、明治の麦湯売りは殆どが十代半ばの少女だった。当時もそこに集まるのは青年であったというから、今から百年後の万世橋を想像することは容易いように思われる。
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