グラの窓からの眺め20050502

東京都写真美術館に行った。以下は自分用の勉強メモ。
- ヘリオグラフ
- 1827年にニエプスが発明。カメラ・オブスキュラの焦点面に、アスファルト液を塗布した金属板(錫と鉛の合金)を置いて撮影。露光時間8時間。
- ダゲレオタイプ
- 1839年にダゲールが発明。沃化銀乾板の上に撮影、水銀蒸気に当てて現像、食塩水で定着。露光時間50分。
- カロタイプ
- 1841年にタルボットが特許取得。ネガポジプロセスの誕生。複製可能だが画質は粗悪。露光時間1分。
- コロジオン湿板
- 1851年にアーチャーが発明。印画紙はアルビューメン・プリント(鶏卵紙)。画質向上。露光時間5秒。
- ゼラチン乾板
- 1871年にマッドクスが発明。濡らす必要のあった湿板の欠点を補う。
コロジオン湿板の全盛期、年間600万の鶏卵から卵白が取られたという。卵黄はひよこになれなかった。
参考:The First Photograph
(コメント: 0)
日記20050512

駅から学校へ自転車で走っている途中、住宅街の家と家のあいだ、草の生えた小さな空地に、二十代半ばと思われる女の人が手を胸の上で組み、膝を折り曲げて仰向けに横たわっていた。蝋人形のような質感の顔をしていたのは血が通っていないためか化粧のせいか、或いは死化粧のようにも見えた。顔に触れてみれば生死が判るのかもしれないと思い、救急や警察を呼ぶことなど考える余裕もなく草を踏み分けて近寄った。屍蝋化現象という言葉をふと想起する。これは空気と長く遮断された状態にあって起こる現象だから白昼の住宅街では起こりうるはずもなく尚且つ屍体が長期間放置されることも起こりえないのだった。だからこれは蝋人形かマネキンの類に違いないと思い、からだに触れようか止めようかと暫し逡巡した。十数秒後に声を掛けると、上半身を起こして寝呆けた様子でこちらを眺め、辺りを見回し、もう一度こちらを見た。大丈夫ですかなどと月並な言葉をかけて、頷いてはいたけれど大丈夫ではないと思った。柔らかなからだに触れておけばよかった。硬かったのかもしれない。
それから大学へ向かっても間に合わないと判ったので本沢ダムに行った。ありえない傾斜の坂を登り、たどりついた展望台からは剥き出しの湖底とタービンが見えた。五月にしては尋常でない寒さで、今日はどうにも非現実的な事ばかり見たのだけど、空地は京王高尾線めじろ台駅から徒歩五分の場所にあり、実際の出来事。


(コメント: 0)
私はしばらく花と石に視入つた20050518

月曜日、学校帰りに乗っていた列車が人を撥ねた。以来、武蔵野線に乗ることが憂鬱だったのだが、それなら乗んなきゃいいと短絡的思考をもって新秋津から東所沢まで九十分かけて歩いた。全くの無気力であれば駅まで歩いて辿り着くこともできないのだから、それなりの脚力と気力をもって飛び込んだ五十代女性を止めることは難しかったと思う。数年前には中浦和駅で列車に向かって飛び込み、勢いあまって線路を飛び越え、擦り傷を負ったが生き延びたサラリーマンがいた。いつか自分が飛びたいと思ったときに抑え込む方法を考えておきたい。鉄道自殺した人といえば『二十歳の原点』を書いた高野悦子、『夏の花』の原民喜あたりか。あとはデュルケームの『自殺論』とか。これらの本は読んでおきたい。
(コメント: 0)