日記 はてなブックマークはてなブックマーク

 野生動物たちが道路を歩いていると乾燥や事故などによって死んでしまうことが多いけれど、河川敷を歩いているかぎりは安全に長距離を移動できる、常に水場があり、身を隠す植物も生えている、つまり彼らにとっては川が「道」の役割を持っている、そんな内容の展示を朝霞市博物館で見てきた。最近考えていた短編小説の題名と、展示内容が見事な一致をしていたのだが、眠いから話の続きは後日

 山小屋で働いている友人が九月には埼玉に来るというので今から部屋を片付けているのだが改めて観察すると本当に俺の部屋は汚いなというかべつに散らかってはいないけど換気扇とか窓枠なんかが埃と油とで黒ずんでいて直視に堪えないから台所洗剤つけて磨いてみると見違えて綺麗になって俺の部屋じゃないみたいだと思ったりしてそもそも部屋を所有しているのは大家だから過去何十年にも亘って俺以外の誰かが住み着いては去っていった訳だけれど彼らが残した痕跡といえば換気扇や窓枠の汚れといったものでしかなく無碍に洗剤で擦り落としてよいものだろうかと悩んだということはなくてラジオ聴きながら楽しく掃除していたらすっかり外が暗くなったので薬缶をカセットコンロにかけて湯をぐらぐら沸かして刻み玉葱の入った八王子ラーメン風の食事を摂って冷たいビールなど飲んでいると深夜になったから水槽の灯りを消して戸惑ったような金魚たちにカメラを向けてみたけれど手ブレとピンボケでひどい写真になったなんてことを今さら書くまでもなく俺の写真はいつも出鱈目でしかないし文章だって出鱈目だと狂ったふりをするのは簡単だけど本当に真面目に撮ったり書いたりするのは難しい

部屋と猫 はてなブックマークはてなブックマーク

 NHKアーカイブス ターシャからの贈りもの を見た。普段はテレビを見ることなどあまりないのだが、朝の十時ごろに寝ぼけて電源を入れるとターシャ・テューダーが映っており、そのまま蒲団にくるまって八十分間の番組を見てしまった。今日は昼過ぎになっても気温が十月上旬並みの十八度しかなく、けれど白い空から雨粒が落ちる気配もない。夏のあいだは室温が四十度を超えて蒸し風呂のようだった僕の部屋にも、やっとのことで平穏が訪れた、としみじみ思う。

 窓の外から猫の鳴き声が聴こえて、どこにいるのかと玄関の扉を開けると、扉のすぐそばに寝転んでいた猫が慌てて階段を駆け下りていった。どうせすぐに戻ってくるだろうと思い、プランターの土のうえにエサを置いた。三分ほど待って扉を開けてみると、エサは持ち去られていて、階段の下から猫がこちらを見上げている。

猫

 部屋とネットと俺と猫 を書いてから、猫と出会うまで二ヶ月も掛かった。さらに時間をかければ距離を縮められるのか、撫でまわすことができるのか、あるいはこれ以上に野良猫と近付くことは意味があるのか。部屋に猫を招き入れることが禁じられているのは、畳に爪を立てられては困るから仕方がないとして、せめてベランダで触れ合えればいいのか。ターシャ・テューダーのように広い庭でたくさんの動物と触れ合えたなら、どんなに楽しいかと思うが、ターシャの庭は東京ドーム二十個分の広さがあるらしい。あまりに広くても手入れに困る。せめて陽の当たる、草の生えた庭があればいいなと夢想する。

 庭を作るには時間がかかり、最低でも十二年だとターシャが語っていた。陽の当たる庭をいつか手に入れるまでは、現在借りている部屋を少しづつ住み良いように作りたいと思うが、しかしベランダに置いたプランターには葉牡丹が枯れてから何も植わっていないし、水槽では金魚藻が好きかってに伸びている、または遮光カーテンの裾が長すぎるから加工しなければと思い続けて二年が過ぎていたりする。鋏と針と糸さえあれば難しいことではないのに放ったらかしだ。

部屋

 焦ることと急ぐことは違う、と人に言われたことがある。僕は少し急いだほうがいい。

夏を終える はてなブックマークはてなブックマーク

 部屋が暑いので散歩でもしようかと考えていると雹まじりの雨が降り始めて、午後二時に三十一度あった気温が、午後三時には二十二度まで下がった。雨が小降りになるのを見計らって買物に出ようとした途端、こんどは強い横揺れに見舞われた。震源地を確かめようとテレビを見ていたあいだに再び雨が降り始める。外出を諦め、部屋でコーヒーを淹れて、漫画を読むことにする。菊池直恵『鉄子の旅』全六巻(小学館 IKKI COMIX)。

 写真のコーヒーバネットは登山用品店で買った物、チタンのカップは人からの貰い物。本当は屋外でコーヒーを淹れるための道具だけど、折り畳めて嵩張らないうえに、洗うのが簡単だから重宝している。余分な蒸気を飛ばせるからネルドリップに近い味になるとか言われているけれど、ネルドリップで淹れたことがないんで、よくわからない。

 あと何回の雨が降れば夏が終わって秋になるだろうか。アキアカネが飛び始める頃か、コオロギが鳴き始める頃か、あるいはセミが鳴き止んで路上に転がる頃なのか。季節は切り替わるものでなく、移り変わるものだと解ってはいるが、どこかで区切りを付けるとするなら、それは個々人の判断によるところが大きいように思う。少なくとも俺のなかでは今日で夏が終わり、初秋に差し掛かっている。去りつつある季節を名残惜しむよりは、先取りしたほうが幾らか気が楽だ。これが本当の「進取の気象」。

 はてなダイアリーキーワード アキアカネ の項に「羽を取っても柿の種にはならない」とあるのだが、いまの十代や二十代の人々に赤とんぼの唄は知られているのだろうか。

白い空 はてなブックマークはてなブックマーク

 原付免許を更新するために、鴻巣までの往復八十キロを自転車で走り、久々に心の底から「楽しい」と思った。暑いときは暑い、寒いときは寒い、日が照れば焼ける、雨が降れば濡れる、二十代のあいだはそんなふうに翻弄されていたい。普通自動車免許は三十五歳までに取ればいいや、となんとなく考えている。

 図書館でユージン・スミスの写真集『水俣』、丹野清志『コンパクトカメラ撮影事典』を借りてきた。最近はデジタル一眼レフと、フィルムコンパクトで撮る機会が半々くらいになっている。近い将来、写真屋のミニラボから現像機が消え、気軽にはフィルムで撮れなくなる。べつに焦る必要はないけれど、今のうちに撮っておかないと。