花20081119(コメント+トラックバック 2 件)
最近はトップページの写真をころころと変えて遊んでいたが、ようやく木立朝鮮朝顔で落ち着いた。春先まではこのまま放っておきたい。雨ざらしになっている自転車とビデオデッキが気になる。春先まで放っておかれていればいい。今日まで二週間連続で日記を更新し続けていたから少し休みます。

仮名(かな)20081118(コメント+トラックバック 2 件)
ウェブで文章を書いていて漢字をひらきたいと考えるとき、一つには送り仮名とか振り仮名の問題がある。「埋もれる」は《うずもれる》と《うもれる》、「呪い」は《まじない》と《のろい》など、複数の読み方があり、文脈から判断しようにも難しいと思われるときに、仕方なく平仮名で表記することがある。筆者の意図する読み方を伝えるために、たとえば振り仮名をふったり括弧書きを用いたりもするが、現在のところウェブにおいてルビを利用するための仕組みは不完全だ。自分のサイトではなく他サイトに投稿するときなどrubyタグ付きで送る訳にもいかない。文章を書く人々はウェブ標準について考えるより、漢字を平仮名にひらきつつ推敲を重ねたほうがいいようにも思える。
もっとも有名なのは「行った」だろうか。《いった》と《おこなった》、どちらにも読めるから、前後の文脈から判断を迫られることが多い。後者の場合には「行なった」と表記してもらえれば判りやすいのだけど、送り仮名に無頓着だったり、送り仮名を省くことで漢字の占める割合を増やせる(≒格式がある)と考えていたり、いずれにしても誤解を招くとは考えていない人々が多いから、この種の問題はなくならない。但し「行う」は「おこなう」としか読めないから、一概に誤っているとも言いがたい。そして「行った」を「おこなった」とひらくのは、あまり見たことがない。
構わないのだと思う。送り仮名の付け方は揺れ動いている。国語審議会の人々によって決められ、内閣告示されたものが学校教育では用いられているが、未だに議論は続けられている。習ってきたものが正しいとは限らないし、自分で考え出した送り仮名の規則だって正しいとは言い切れない。誤読される危険性が常にあるという認識さえ持っていれば、誤読されること自体は構わない。
最初に挙げた例に戻れば、「埋もれる」を《うずもれる》ではなく《うもれる》と読まれてしまったところで何も困らない。どちらも意味に大差はないからだ。あるいは「埋ずもれる」のような書き方をすれば、格好はよくないが誤読は回避される。少し困るかもしれないなと思ったのは、先日、博物館の展示にあった解説文で、「呪い」に使われた道具という書き方を見つけたときだった。《まじない》と《のろい》、どちらも送り仮名の付け方は一つしかない。これだって意味に大差ないだろうと言われれば、まあそうかもしれないですけどね。でも後者だったら嫌だ。
朝20081117(コメント+トラックバック 0 件)
メモ20081116(コメント+トラックバック 0 件)
- 内容
- ジャンルは問いません(但し応募は毎月1人1作品まで)
- 字数
- 500〜1000字
- 締切
- 毎月20日締切
- 月間賞
- 毎月当選作に賞金3万円 佳作10篇に千円分の図書カード
日本カメラやアサヒカメラなどの写真雑誌に、昨年末から写真を投稿し続けているが、予選通過者として名前が載るばかりで写真は一度しか拾われていない。当たれば賞金は大きいけれど、当たらなければプリント代と郵送料ばかりが飛んでいくから厳しい。いつも〆切直前に出すから速達代も掛かっていた。
携帯メールで文章を送るだけなら費用は数円しか掛からない。写真はプリントを焼き直すごとに費用が掛かるけれど、文章は何度でも無料で推敲できる。小遣い稼ぎのためには短編小説を書いたほうがいいかもしれない。高性能なカメラや高価なレンズを買う必要はなく、紙とペンがあれば書ける。明日は一日を通して暇だから、勉強の合間に少し書いてみようか。
どうでもいい話なんだけど日本カメラの月例コンテストはEOS 5Dの入賞率が異常に高いような気がするよ、というかキヤノン製品の占める割合が凄いときがある。気のせいなら、それに越したことはないのですが。
逆光20081115(コメント+トラックバック 0 件)
写真だけなら山ほど撮っているから毎日でも更新できそうな気がしてきた。数を撮れば上手くなるものではないと解ってはいるけど今年に入ってから五千六百枚。多いのか多くないのか、というか、何がしたかったんだろうなー。



